宣教

「新しいいのちの時」

イザヤ52:7~10  マタイ28:1~10 イースターおめでとうございます。イースターを「復活祭」と呼んでいますが、「復活」というと、もとに戻るという意味合いが強くなります。本当は「誕生」というのが相応しいように思います。イエス様の復活が、わたしたちの新しい誕生の保証、実現なのです。だから「恵み」なのです。もとに戻るのではなく、新しい誕生なのです。イエス様によって、全ての試練の時が恵みの時となるのです。あの恐れ、主が十字架で殺された出来事。それが新しい恵み、誕生の時となったと聖書は宣言します。戻るのではなく「新生」なのです。「病の時、絶望の時、苦しみの時…」は、恵みの時、安心して絶望できるのです。キリストの復活のゆえに。救いはわたしたちの思いの向こう側にあるのです。神の恵みを告げることができる「美しい知らせ」をわたしたちは与えられているのです。墓を訪ねたマリアたちが知らされたこと、それこそが全人類への、新しい誕生の招きへのメッセージ、洗礼への招きでした。墓が開かれ、この出来事がマリアたちと共に「告げる者」とされました。新たに神の子とされた二人と共に、新生の喜びを生き伝えるわたしたちの教会とわたしたちの歩みです。