156センチの視線

9月8日「気前の良いイエス様」

ふと、自分は本当に「節約家(ケチ)」なんだなーと気付きました。何でも無駄をすることが嫌いなのです。無駄遣いをした記憶が殆どありません。それが自分の首を絞めていたことに気付きました。
 母に、「無駄遣いをしないように」と言われたことも、家が貧乏ということでもありません。父が何度も、入院しましたので、母は苦労をしたようですが。二番目の姉が聖愛を卒業し放送局の入社式にセーラー服で出席したという記憶はありますが…。経済的に当時の平均以上の家庭?でした。
 妻の家庭も決して裕福ではありませんでしたが、なぜか、肝心なところで、わたしより明らかに、おおらかで気前がいいのです。不思議でした。
 祈り、イエス様のことを考えた時、あまりの気前の良さに気付き、驚きを新たにしました。「ナルドの香油」を注がれ、人々が女をとがめる中で、それを愛によって受け止められたその真実が、自分を惜しげもなく人々のために差し出す十字架となったのだと。「主は贅沢だった!」のです。気付いたとき、爽やかな風が心を吹き抜けました。「ケチではなかったイエス様」との出会いは、これからの人生に新しい時をもたらす予感を与えてくれました。このキリストの命で贖われた「命」に心が震えました。気前の良いイエス様に感謝!