宣教

10月27日「もう一艘の舟」

ルカ5:1〜11
 聖書はすべての人に語りかけている神の言葉です。決して一部の霊的エリートに語られているのではありません。そのことは、聖書を読めば分かります。そこには、失敗ばかりの人々が待ち受けているからです。
 ある日、ペトロも主イエスに招かれました。そのことは、彼の生活の場で起こりました。そこは彼の人生であり、専門分野であり、他の人よりも幾分勝っている部分だったかも知れません。しかし、その日、彼は途方に暮れていました。魚がまったく取れないのです。かつて、そういうこともあったかもしれません。でも、今回は違いました。なぜなら、そこに神ご自身がいらっしゃったからです。
 一人の人の人生が主によって変えられていくこと、そして、人間を取る漁師になるという招きの通り、ペトロは人々を主に導く人になりました。それは、彼が優れているからではなく、彼を招いた方がご自身の約束のゆえに、彼を用いたからに他なりません。もし、彼は特別だったからだと考えるのであれば、聖書は役に立ちません。神は「無学な普通の人」を用いたいのです。いえ、むしろ普通よりも劣っていると世の価値基準で判断されているような人々を用いたいのです。なぜなら、そこに神がいなければ不可能なことが明らかになるためです。