156センチの視線

「復活の主が共におられる」

今日の教会、わたしたちは、イースターの信仰を、イースターの時にしか考えない傾向があります。が、これはとても残念なことです。復活の讃美歌もこの時期以外に歌うことはほとんどありません。
 ご存知のように、ユダヤ教の「安息日」が、神が6日の間天地創造のために働いて7日目に休息なさったことを記念したものですが、「主の日」である日曜日の起源はイエス様の復活を記念したものです。主が甦られたことこそ、初代教会にあってはすべての礼拝および生を基礎づける栄光に満ちた事実でした。この中心的な復活信仰(イースター信仰)に、わたしたちはたえず戻っていく必要があります。
 わたしたちがこの世界で、人生でのありとあらゆる問題に対処できるためには、「いまなお生きて働きたもう主イエス様」に対する信仰をもってしか為し得ないからです。
 「復活の主が共におられる」ことこそ、「インマヌエルー神われらと共にいますー」福音の原事実であるからです。生のみならず死においても、いのち溢れる生ける力は、復活信仰によるところが大です。
 生きて死に、そしてとこしえに生きて死に勝利され、共におられるお方を、わたしたちは友としても仲間としてももっているということです。
 イースターおめでとうございます!