宣教

2月9日「驚きの選び」

 申命記32:10  ヨハネ15:16〜17
 「あなたは自分が何者だと思っていますか?」と聞かれたら、あなたは何と答えますか?「主は荒れ野で彼を見出し、獣の吠える不毛の地でこれを見つけ、これを囲い、いたわり、自分のひとみのように守られた」と、『モーセの歌』を通して遺言として語られた、神のイスラエルの真実の愛を告げられた主は、今、キリストを通して、さらに全ての人々に、ご自身の選びの愛を告げられます。
 「あなた方がわたしを選んだのではない。わたしがあなた方を選んだ。あなた方が出かけて行って実を結び、その実が残るようにと…」。
 イスラエルを「不毛の地で見つけ」、「囲い」「いたわり」「守られた」、それもご自分の「目の瞳のように」!イスラエルの歴史の悲惨さは、この、自らの出自を忘れたことにありました。
 この、イスラエルの「選び」に連なる「キリスト者の選び」の主体は、キリストの十字架という「身代金を払って買い取られた」(Ⅰコリ7:23)ものなのです。わたしたちが人生を彷徨うのは、この驚くべき「愛」を忘れるところにあるのです。
津軽弁で言えば、「キリストとバグられた(取り換えられた)貴い自分」と出会うことです。あなたの命は、勿体なくも、キリストが担保なのです。