宣教

3月22日「選択と決断の時」

ヨハネ8:1〜11
 怒り、憎しみ、悲しみ、妬み…。私たちには何と多くの否定的な感情が潜んでいるのでしょうか。そんな気持ちになりたい人はいませんが、しかし、私たちにそのような感情を抱かせる事態は起きるものです。では、どのように対処すれば良いのでしょうか。
 姦通の現場で捉えられた女性に対して、また、その女性を利用して主イエスを貶めようとする人々に対して、主が取られた行動はどのようなものだったでしょうか。
 権利は復讐の感情をもって相手に仕返しをすることですが、赦すことは選択です。相手に対して否定的な感情を抱いたり、仕返しをする権利を放棄すること。(リチャード・マークス)これが主のとった態度でした。このような姿勢で生きることは、一見するとやられ損のような気がしますが、復讐は神がすることだと聖書が語るように、罪を裁くのは人ではなく、神の律法によるのです。ですから、手に持った石を相手に投げるのを待ち、神にその石を提出するのです。それこそ、相手を赦す、ということの意味です。
 あなたは赦すことで決して損はしません。それどころか、平安と解放が与えられ、もし不当な傷であるのなら、主ご自身が正しく裁いてくださるでしょう。