宣教

2月12日「柔らかな心で」

民数記12:3  Ⅰコリ9:19~23
 「教会はキリストの体」であり、聖霊の実を実らせる聖霊の宮です。そして一人一人はその部分です。「聖霊の結ぶ実」とは、「愛、喜び、平和、寛容、親切、善意、誠実、柔和、節制」(ガラ5:22)です。何というしなやかな喜びの場所でしょうか。
 以前、教会が、「堅い、暗い、つまらない」と揶揄されたことがありましたが、今もってなおということはないでしょうか?「キリストの体」である教会は、「生きた、神の愛が息づく、キリストの体」です。
 イスラエルで、今も最も尊敬されている人は、モーセであると言います。「モーセという人はこの地上の誰にも勝って謙遜であった」(民数12:3)とあることに驚きます。
 イエス様と出会った、迫害者パウロは、全く新しい者とされ、「わたしは誰に対しても自由な者ですが、全ての人の奴隷になりました」と言っています。「融通無碍」ともいえる愛の柔軟さを生きました。
 キリストはわたしたちを救うために「人間」になられました。キリスト信仰とは、「しなやかにして温かい」生を与えられ、軽やかに生きることです。それは、「愛を生きる」ことに他なりません。(^^♪と「キリストのように考え、キリストのように話し、キリストのように行い、キリストのように愛そう」