宣教

福音の本質
Ministory

弘前西教会は、聖書に描かれている初期キリスト教会の姿を追い求めています。
イエス・キリストを通して神が人々に与えた良い知らせ「福音」の本質とは何だったのでしょうか?

教会の7つの本質
Seven Essences of the Church

2000年、全世界の教会のリーダーたちが集って開催されたシンガポールでの国際サミットで、教会が誕生してから今日まで、時代や背景、場所を問わず、すべての教会に共通している本質について話し合われました。そして、聖書の示す福音と教会の本質を7つに大別しました。ここでは、その7つの本質についてご紹介いたします。

関係
Relationship

聖書は、神と人との関係の修復を伝えるものです。また、自分を愛するように、他者を愛し、互いに愛し合う世界の素晴らしさについて語っています。ですから、教会が神と人、人と人との関係よりも組織と制度に偏重すると力を失います。

参加
Participation

旧約聖書は、神を信じる生活が制度化され、文化としてのイベントごとになっていた歴史的事実を記しています。しかし、イエス・キリストはすべての人々に神の計画の壮大さと素晴らしい約束が与えられていることを告げています。
教会はプログラムを提供し、そこに参加することを奨励するものではありません。それは旧約聖書の時代に逆行することです。一人ひとりが神の言葉を実践し、それによって生ける神のみわざを体験し、そのことを分かち合う共同体、それが教会です。

能力付与
Empowering

神はすべての人に特別な力を与えておられます。それが発揮できないで苦しんだり、自分らしさが失われてストレスに感じるのは、あなたに能力がないからではなく、あなたを生かす価値観がそこにないからです。教会は無学の普通の人に神の力が及んだときに始まりました。教会は、着込んできた様々な非聖書的な価値観を脱ぎ捨て、あなたらしさを回復し、本当の自由とは何かを知ることができるところです。

イエス中心
Focusing on Jesus

教会のかしらはイエス・キリストであり、牧師や一部のリーダーではありません。現在の牧師、信徒システムはローマ帝国時代の影響を受けた欧米型の教会の姿です。聖書によれば、すべての人が神の祭司であると語られています。牧師がいなければ回らず、特別な人がいなければできないシステムは、教会的ではありません。

伝道と増殖
Outreach and Multiplication

イエス・キリストが伝えたのは、すべての人を神に従う弟子にすることでした。神の言葉を口で伝えることは、その一つに過ぎないのです。むしろ、門下の弟子が師匠の真似をするように、先に信じた弟子たちが、あとに続く人々の模範になることを求めておられるのです。これは聖書の専門的知識や個々人の才能に依拠せず、たとえ苦難の中を通るときでも、喜びと感謝をもって生きる姿を見せること。これが何よりの伝道となるのです。
また、リーダーの役割は、次のリーダーを育てることであり、ずっとその役割に居座ることを意味しません。キリストが弟子たちに委ねて天に帰られたように、教会は社会に貢献する新たなリーダーを次々に立て続けてきたのです。

ネットワーク
Networking

日本では実感がないかもしれませんが、教会は世界中のありとあらゆる場所に点在しており、そこには仲間たちが大勢います。しかし、たくさんの教会があるように見えますが、本当のところ、教会とはたった一つだけなのです。世界の多種多様な教会は、すべてキリストの体のようであり、腕や指や、腰や足があるように、それぞれの特徴を持ちながらも、本質では一致して歩んでいるのです。

適応可能な構造
Adaptable Structure

伝統を重んじる日本人が最も苦手としているのが、自らのあり方や所属する組織構造を新しく変革することではないでしょうか。古くは明治期、また多くは昭和初期の構造のまま、現代に持ち越されている方法論を目にしたことがあります。教会は今も昔も変わらず、変革をもたらすことができる存在です。しかし、教会の中でさえ、伝統という名の灰を大事に持ち続けていることがあるのです。
本当に大事なのは、その方法論や伝統の最初期に、新たなことにチャレンジした人々の情熱です。受け継ぐべきは灰ではなく、情熱の炎なのですから。