156センチの視線
7月10日「御言葉に養われる」
最近、午後5時を過ぎて天気のいい日は、外の椅子に座り聖書を読んでいます。庭の花を見、風に吹かれて読むと、今までよりは静かにゆっくりみ言葉が心に沁みてくるような気がします。
考えてみると、聖書を読むということは、わたしにとっては、説教をつくったり、何らかの意味で、他者や事柄に向かい合うための武装のためでもあったことが多かったのは確かです。
自分を養い、真実に神様と向かい合うことが忘れ去られることが沢山あったことを認めないわけにはいきません。
ベランダの椅子に腰を掛け、ゆっくり自分のために聖書を読むとき、不思議な気付きと感動を覚えるひびです。今まで苦手だった『ヨハネの黙示録』も…。いろんな発見に感謝でした。
「いろんなことが起きるけれども、しかしそれらのすべてが、‐アルファでありオメガであるイエス様‐の御手の中の出来事である、ことを知らされ、「ストン」と心に落ちました。
語るためにではない、自らが養われ、潤され、喜びに満たされる「わたしの出来事」となる「聖書」の大切さに改めて目覚めることが。今からでも遅くはない、ゆっくり・しっかり御言葉に養われる歩みへと……!ご一緒にいかがですか!? 石川