宣教

6月2日「神の子どもとして」

マルコ10:13~16
 主イエスは子どもを愛する。これは信仰者なら誰でも知っていることかもしれません。そして、誰しも自分の子ども時代を思い起こしたりするはずです。しかし、主が活動されていた時代、子どもとはどんな存在だったのでしょうか。
 聖書には主に男性の系図や人数だけが記されているように、女性や子どもは頭数にも入っていません。特に、旧約聖書にはそれが顕著でしょう。しかし、まことの光である主が来られてから、変化の兆しが現れます。マタイによる福音書の系図には女性の名前があり、ルカによる福音書は女性への配慮が感じられます。そして、どの福音書にも子どもが登場します。それも、主イエスが子どもを神の国の住人としてもっともふさわしい存在として人々に価値観の変化を促しているのです。
 人々が是が非でも主のもとに連れてきたかった子どもとは、一体どんな子どもたちだったのでしょう。もちろん、日本のように教育を受けることができ、保護されている対象ではありません。むしろ、日々の生活に困窮し、骨と皮だけのような状態になっている子どもは珍しくなかったことでしょう。そして、すべてのことを親権者や保護者に頼らざるを得ない。それが、この子どもたちです。
 キリスト信仰の究極地点はすべて明け渡すことだと言えます。地上で得たものを何ももっていくことができない天国もまた、そのことを示していると言えます。
 主は、あなたに、そんな子どものようにもっとご自身を頼ってほしいのです。