宣教


11月15日「救いの十字架」

ヨハネ5:1〜9  ハワイにいる時、労働ビザが降りず、仕事がありませんでした。そんな時、知り合いの方から観光案内をしてみないかと誘われました。その日から、ハワイの名所に出向いてガイドの話す内容に耳を傾け、ヒーリングスポッ …続きを読む

11月8日「神の豊かさ」

エフェソ3:14〜21  神の豊かさについて考える時、理解できないので、理解できるように矮小化してしまうことさえあります。しかし、神のなされることを人の許容範囲にとどめてしまうとすれば、その愛の広さ、長さ、高さ、深さがど …続きを読む

11月1日「永遠の命の世界」

伝道の書3:11  人が神によって造られたことは、人間の特徴を見る時に明らかです。愛すること、愛されることが必要であり、創造的であること。そして、草や木が枯れる、有限な世界につながれながら、無限や永遠という言葉とその意味 …続きを読む

10月25日「神への信頼」

マタイ6:25〜34  「思い悩むな。」そう言われて、思い悩まないことのできる人がいるでしょうか。思い悩んでしまうのが人間です。しかし同時に、信仰の究極の姿を言い表すとすれば、神への絶対的な信頼は、思い悩まないことへとつ …続きを読む

10月18日「霊的な供え物」

Iペトロ2:1〜5  聖書は一人の人をとことん大事にしています。それは、悪い意味ではアダムの罪が全人類に及んでいること、良い意味では、キリストの福音がすべての人に有効である、ということです。  また、私たちは一人ひとりが …続きを読む

10月11日「最強の味方と共に」

 申命記32:10  ローマ8:31〜32  最近、一日の最初に、終わりに、事ある毎にフット心に浮かんでくる御言葉があります。「悪に負けてはいけない。かえって善をもって悪に勝ちなさい」(ローマ12:21)がそれです。わた …続きを読む

10月4日「天国の大使として」

ガラテヤ3:5〜11  主なる神は、主を信じる人々をご自身の子どもとしてくださっています。その約束は、かつて一人の人に与えられたものでした。それがアブラハムです。  彼は年老い、子どももなく、不妊の妻と暮らしていました。 …続きを読む

9月27日「希望の約束」

 エレミヤ29:10〜14  不信仰のゆえに偽りを握りしめ、まことの神から離れていったイスラエルの民は、異国の地にいました。そこでは、原住民からののしられ、異教の教えを守ることを強要されました。そんな彼らに預言者は神の約 …続きを読む

9月20日「今、ここにある門」

マタイ7:13〜14   イスラエルの民は流浪の民で、遊牧民族でした。神を礼拝するための神殿はなく、移動式の幕屋が彼らの拠り所だったのです。そこには唯一の門があり、その門を通らなければ、至聖所へと至ることが出来ません。そ …続きを読む

9月13日「確かな時の中に」

 創世記7:15〜16 フィリピ3:13〜14   わたしたちの心は平安でしょうか?平安を求めているようで、自分の価値を自分以外のものに求めてはいませんか。豪華な沢山の宝石、肩書の多さが人の価値ではありません。「人の命は …続きを読む

9月6日「委ねられた権威」

マルコ2:1〜12  4人の人たちが1人の中風の人を助けるため、大胆な行動に出る。この聖書の箇所はいろいろなことを教えてくれます。  まず、この1人の病人はどんな人だったのでしょうか。何としてでも助けたいと思われる人だっ …続きを読む

8月30日「賢さと素直さ」

マタイ10:16〜20  行動が救いの条件でないことは福音の柱ですが、キリストが備えた善い行いをすることがクリスチャンライフであるということをエフェソの手紙から学びました。  神は聖霊を通して私たちをキリストに似たものと …続きを読む

8月23日「汚れに触れる救い主」

ルカ7:11〜17  主イエスの歩みの中で、病が癒やされ、悪霊が追い出され、人々が解放されていく様子が事細かに書かれています。足がなえて動かない人、目が見えない人、口がきけない人、出血が止まらない人、さらに死んだ人が蘇る …続きを読む

8月16日「more of the same」

エフェソ2:8〜10  神が私たちに教えてくださった幸せへの道。それがキリストの教えに従うことです。しかし、喜び、愛、寛容、親切、善意…といった聖霊のもたらす実のりを知りながら、すぐにムッとなったり、嫌になったりしません …続きを読む

8月9日「迂回の祝福」

出エジプト13:17〜18 マルコ1:13〜14  「迂回」という言葉は旧新約聖書を通して、決定的とも言うべき神の御心と関わっていると言えるのではないでしょうか。出エジプトをしたイスラエルの民は、「荒れ野の道」に迂回しま …続きを読む

8月2日「神の平和」

マルコ7:14〜23  ある時、主イエスの弟子たちが手を洗わないで食事をしていると、そのことに異議を唱える人々が現れました。まるで幼い子供の話のようですが、食事の前に手を洗わないというのは、単に不衛生というものではなく、 …続きを読む

7月26日「部屋とジーザスと私」

マタイ6:5〜8  ある時、人々は「祈り方が分からないので教えてほしい」と主イエスの前に願い出ました。実は、主の祈りに続くこの箇所は、祈りの方法論を求める弟子たちへ、祈りとは何かという本質論を提示する主の恵みに満ちていま …続きを読む

7月19日「人知を超えて」

フィリピ4:4〜7  フィリピの信徒への手紙は「喜びの手紙」と呼ばれています。この手紙には「喜び」という言葉が繰り返されているからです。  フィリピの教会は、一人の女性がイエス・キリストを信じることから始まりました。また …続きを読む

7月12日「わたしたちの力」

イザヤ2:4〜5 エフェソ6:10〜19  「力」という時、あなたはどんな力を思い浮かべますか?あなたにはどんな力がひつようですか?困ったとき、疲れた時、辛い時、苦しい時、非難された時、誤解された時…、苦難とも言うべき時 …続きを読む

7月5日「信仰の歩み」

ルカ17:11〜19  現実的な問題を抱えた方々が主イエスの遠巻きで叫び声を上げました。「憐れんでください。」これは、詩篇に見られる人々の叫びと同様に、救いを求める声です。彼らにとって救いとは、何だったのでしょうか。   …続きを読む