宣教


11月17日「『人の子』とは?」

ダニエル7:13,14,27  新約聖書は天国に行く方法を教えくれる書物ではなく、その中心的な主張は、神の国を実現させる支配者となる「人の子」が、あの十字架に付けられたイエスであるということです。中心的な教えはイエスの支 …続きを読む

11月3日「栄光を受ける時」

              ヨハネ12:24〜26  主イエスが宣教の働きをされた期間は3年ほどだと言われています。つまり、主は余命3年の生き方をしていたと言えるでしょう。  自分がもはや長くないと悟った人の生き様は、そ …続きを読む

10月27日「もう一艘の舟」

ルカ5:1〜11  聖書はすべての人に語りかけている神の言葉です。決して一部の霊的エリートに語られているのではありません。そのことは、聖書を読めば分かります。そこには、失敗ばかりの人々が待ち受けているからです。  ある日 …続きを読む

10月20日「何もなくても大丈夫」

ヨハネ6:27〜40  主イエスはご自身を「私が命のパンである。」と宣言し、ご自身がどのような方か人々の明らかにされました。そして、そのことを信じる人々は決して飢えることがなく、渇くこともないと約束されたのです。  とこ …続きを読む

10月13日「祝福は人生の荒れ野から」

申命記8:1~10 ヘブライ12:4~11  神の約束の民イスラエルの民族は、エジプトの地を脱出はしたもののその罪の故に40年間砂漠を彷徨いました。しかし、これは、結果的に彼らの神への信仰が磨かれ成長する契機となりました …続きを読む

10月6日「祝福との出会い」

 詩編107:1 ヘブライ4:15~16  幼い頃、ラジオ番組、「心の灯」で毎回、「暗いと不平を言うよりも、進んで明かりをつけましょう」の言葉が放送の最初に流れ、だれもが知っていました。誰かが文句を言うと、「暗いと不平を …続きを読む

9月29日「タラントンのたとえ話」

マタイ25:14〜30  このたとえ話は、自分に授けられたタラントン(才能・能力)を用いて励む時、 主なる神は大いなる恵みと喜びをもって報いてくださり、そうでない者には厳しい 裁きが下される。果たしてそうでしょうか? 主 …続きを読む

9月22日「神の子として生きる」

ヨハネ12:20〜26  主イエスは十字架にかかる直前、「栄光を受ける時が来た」と宣言します。何の落ち度もなく、不当な裁判で極刑に処せられることの、どこが栄光に満ちたことだというのでしょうか。  神の使命に生きる時、「何 …続きを読む

9月8日「罪と絶望のただ中で」

創世記28:10~22  ヨハネ21:6  ヤコブ(かかとを 握る者)は族長の一人で、イスラエ12部族の父でもある。彼は、兄エサウをだまして長子の特権を奪い逃亡します。  奸計をめぐらし、自分の事しか考えようとしないヤコ …続きを読む

9月1日「ちょっとその前に」

列王記上3:4〜15 マタイ6:33〜34  神の国と神の義をまず第一に求める、とはどういうことでしょうか。それは、神の言葉とその約束とを、主な関心事とするということです。  もちろん、それは他のことを気遣わないという意 …続きを読む

8月25日「神の国への入国審査」

マタイ18:1〜5  主イエスは「悔い改めよ、神の国は近づいた。」と宣教を開始され、ある時はたとえ話を用いてわかりやすく、神の国について人々に教えられました。主の宣教のテーマは神の国でした。そして、弟子たちにも神の国を宣 …続きを読む

8月18日「神が求める生活?」

申命記10:12〜16  Iヨハネ5:3  遊びでサッカーをしていた時、サッカーは簡単な遊びだと思っていました。しかし、本気でサッカーをやり始めた時、かなり難しいものだと分かりました。むしろ、遊んでいたときの方が自由で、 …続きを読む

8月11日「かたちなきいのち―愛」

エレミヤ31:2  Iコリント12:31b〜13:3  日を追うごとに、このみ言葉が心に響いてきます。「愛がなければ、無に等しい。」がそれです。思い出される一つ一つに、「あの時、あそこに、愛があっただろうか?」と問う日々 …続きを読む

8月4日「人を信頼する神」

イザヤ60:1〜2  使徒パウロがはじめて主イエスに出会った時、彼は自分がこれからどのように行動すべきか、主に尋ねました。このことは、私たちに聖書の時代における祈りの原則を教えてくれています。  よく「請求書の祈りではな …続きを読む

7月28日「驚くべき約束」

ヨハネ14:12〜14  「祈りは聞かれる」おそらく、多くの信仰者が同意する文言だと思います。それはなぜでしょうか。すべての願いが思い通りになった、という方は皆無ではないでしょうか。それでもなお、私たちは「祈りは聞かれる …続きを読む

7月21日「私たちはぶどうの枝」

ヨハネ15:1〜4  19歳で洗礼を受けた私は、受洗準備講座で罪・十字架・復活について「知的同意」をしただけで受洗したように思います。しかし、不思議なことに、洗礼を受けてしばらくして、「まことのぶどうの木」であるイエス様 …続きを読む

7月14日「愛と祝福の今を」

出エジプト7:6 ローマ11:36  アブラハムは70歳にして!モーセは80歳にして!なんという励ましでしょうか!聖書は常にわたしたちにチャレンジしてきます。ダビデが若くして神の器として用いられるその時、神様はサムエルに …続きを読む

7月7日「愛だけが人を変えられる」

マタイ22:34〜40  罪を犯した人々は、愛や喜びを受けられなくなって当然だ、ということが、罰という形で表れているのが牢獄です。そして、そこにはルールを破ってしまった人々がひしめいています。では、牢獄の外は、愛と喜びに …続きを読む

6月30日「あなたはどんな人?」

Iヨハネ3:2  私たち人間は、日々変化していくものです。それは良い変化も悪い変化もあります。もし、ご自分の人生を振り返るならば、あなたはどんな方向に向かっているのでしょうか。あなたはどんな人になっているのでしょうか。 …続きを読む

6月23日「癒やしの法則」

 出エジプト15:22〜27  フィリピ4:4〜7  聖書には「喜びなさい」という命令が出てきます。実際に、周りを見渡してみると、喜べることばかりでしょうか。いえ、もしかしたら喜べないことのほうが多いかもしれません。それ …続きを読む