宣教


9月6日「委ねられた権威」

マルコ2:1〜12  4人の人たちが1人の中風の人を助けるため、大胆な行動に出る。この聖書の箇所はいろいろなことを教えてくれます。  まず、この1人の病人はどんな人だったのでしょうか。何としてでも助けたいと思われる人だっ …続きを読む

8月30日「賢さと素直さ」

マタイ10:16〜20  行動が救いの条件でないことは福音の柱ですが、キリストが備えた善い行いをすることがクリスチャンライフであるということをエフェソの手紙から学びました。  神は聖霊を通して私たちをキリストに似たものと …続きを読む

8月23日「汚れに触れる救い主」

ルカ7:11〜17  主イエスの歩みの中で、病が癒やされ、悪霊が追い出され、人々が解放されていく様子が事細かに書かれています。足がなえて動かない人、目が見えない人、口がきけない人、出血が止まらない人、さらに死んだ人が蘇る …続きを読む

8月16日「more of the same」

エフェソ2:8〜10  神が私たちに教えてくださった幸せへの道。それがキリストの教えに従うことです。しかし、喜び、愛、寛容、親切、善意…といった聖霊のもたらす実のりを知りながら、すぐにムッとなったり、嫌になったりしません …続きを読む

8月9日「迂回の祝福」

出エジプト13:17〜18 マルコ1:13〜14  「迂回」という言葉は旧新約聖書を通して、決定的とも言うべき神の御心と関わっていると言えるのではないでしょうか。出エジプトをしたイスラエルの民は、「荒れ野の道」に迂回しま …続きを読む

8月2日「神の平和」

マルコ7:14〜23  ある時、主イエスの弟子たちが手を洗わないで食事をしていると、そのことに異議を唱える人々が現れました。まるで幼い子供の話のようですが、食事の前に手を洗わないというのは、単に不衛生というものではなく、 …続きを読む

7月26日「部屋とジーザスと私」

マタイ6:5〜8  ある時、人々は「祈り方が分からないので教えてほしい」と主イエスの前に願い出ました。実は、主の祈りに続くこの箇所は、祈りの方法論を求める弟子たちへ、祈りとは何かという本質論を提示する主の恵みに満ちていま …続きを読む

7月19日「人知を超えて」

フィリピ4:4〜7  フィリピの信徒への手紙は「喜びの手紙」と呼ばれています。この手紙には「喜び」という言葉が繰り返されているからです。  フィリピの教会は、一人の女性がイエス・キリストを信じることから始まりました。また …続きを読む

7月12日「わたしたちの力」

イザヤ2:4〜5 エフェソ6:10〜19  「力」という時、あなたはどんな力を思い浮かべますか?あなたにはどんな力がひつようですか?困ったとき、疲れた時、辛い時、苦しい時、非難された時、誤解された時…、苦難とも言うべき時 …続きを読む

7月5日「信仰の歩み」

ルカ17:11〜19  現実的な問題を抱えた方々が主イエスの遠巻きで叫び声を上げました。「憐れんでください。」これは、詩篇に見られる人々の叫びと同様に、救いを求める声です。彼らにとって救いとは、何だったのでしょうか。   …続きを読む

6月28日「奇蹟を運ぶ」

ルカ4:16〜21  聖書の根底にあるのは、高ぶるものが低くされ、へりくだるものが高くされるという神の国の法則です。特に、低いものが高くなる、別の言葉で例えるなら、普通の人が普通じゃなくなるということが重要です。  主イ …続きを読む

6月21日「赦されて生かされて」

ヨハネ8:1〜11  姦淫の現場で捕らえられた女性は今、人々の前でさらしものになっています。犯した失敗はあれど、そのことを他の人に用いられて、道具のように扱われているのです。その目的は、主イエスを貶めるためでした。  人 …続きを読む

6月14日「わたしたちの手で」

列王下4:42〜44  マタイ14:13〜21  今日の聖書の個所はとても有名なところです。同じような出来事が旧約にあるのをしっていますか?エリシャが飢饉の時、大麦のパン20個で100人を養い残りが出たことが記されていま …続きを読む

6月7日「背負ったままで」

マタイ11:28〜29  教会の外に聖書の言葉を掲げているところがありますが、「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。」という主イエスの言葉を掲示しているところが多いのではないかと思 …続きを読む

5月31日「主の声を聞き分ける」

ヨハネ10:14〜16  聖書には、神が人々に語りかけておられる様子が何度も描かれています。そして、その声に従っていった人々は、神の栄光を拝することとなりました。それは、聖書の中だけの物語でしょうか。  私たちは聖書の中 …続きを読む

5月24日「何を見ていますか」

マタイ20:1〜16  労働の対価を得ることが当たり前の世界にあって、ぶどう園の主人の物語は不公平に映ります。もちろん、この物語に出てくる主人とは、天の神のことでしょう。多く働いても、わずかしか働かなくても、与えられる対 …続きを読む

5月17日「能力によらず」

 ヨハネ1:10〜13  主イエスが人となって私たちのところに来られたのは、ご自身がいつも一緒にいることを悟らせるためであった、とも言えると思います。キリストの誕生前、主はすでにこの世界におられたように、今もなお、主はこ …続きを読む

5月10日「奪いされないもの」

 IIコリント4:16〜18  コロナウィルスの影響で、多くの人が仕事を失ったり、命を失ったりしています。また、当たり前にできていたことが制約されたりしています。非常な忍耐を必要とするこのような状況の中で、何を希望として …続きを読む

5月3日「自己実現から神実現に」

 IIコリント12:9〜10  理想と現実のギャップ、という言葉をよく耳にします。人生には努力して変えられるものと変えられないものが存在します。身体的特徴、年齢、もしかしたら、現在直面している問題も、変えることができない …続きを読む

4月26日「神に属する恵み」

 テトス2:11〜14  神の恵みが現れました。そして、神の恵みが〜と教えています。と聖書にあります。恵みとは何でしょうか。それは、まず神が私たちを愛して、主イエスを与え、十字架につけたことだと聖書は語ります。すなわち、 …続きを読む