宣教
1月23日「絶望の中の希望」
エレミヤ29:10~14
バビロンという異国の地で暮らさなければならなくなった人々の嘆きはどのようなものだったのでしょうか。実は、ある程度の自由が保障されていたようですが、その裏には、大きな迫害と嘲りがあったようです。そのことが詩篇137篇となって歌い継がれています。
彼らに絶望的なニュースがもたらされました。それは、家を持ち、畑をつくるというもので、彼らは故郷に変えることが絶望的なことだと思い知らされたのです。
捕囚はイスラエルの民の不信仰が原因でしたから、彼らの後悔や自責の念は耐え難いものがあり、帰ることができない故郷を思いながら異国の迫害の中でしっかりと生活することは困難を極めました。
しかし、同時に預言者エレミヤからの言葉はそれだけにとどまりませんでした。なんと、背きの罪ゆえに散らされた彼らでさえも、神の素晴らしい平和のご計画の中に数えられているのだというのです。しかも、神の不在を異国で嘆き悲しむ彼らに、神がいつでも答えるとさえ言うのです。
十字架と復活によって平和を実現した神の御子、主イエス・キリストが、いつでもあなたと共にいる。神の計画は将来と希望を与えるものです。