宣教
1月25日「神の求める人になる」
詩篇42:2 ヨハネ7:37−39
神が求めておられる自分と、現在の自分の間には溝があり、その溝は自力で乗り越えることはできず、ただ神の恵みによってのみ乗り越えることができる。そう聖書は教えています。霊的に成長しようと、努力をすることは美しいことですが、できない自分に罪悪感を覚えることもあります。最も大事なことは、聖霊の流れの中にいることだと、詩篇記者は表現しています。
主イエスは、ご自身を信じる人々は「その人の内から生きた水が川となって流れ出るようになる」と立ち上がって大声で宣言しました。流れ出た川は、毎月実を結ぶいのちの木を生じさせ、その葉は諸国の民を癒やす(黙示録22:1−2)というのです。もし、私たちが主の御言葉にとどまるなら、聖霊の流れの中で豊かな実を結び続けていくでしょう。それは、私たちの内輪だけで終わらず、周囲にも癒やしの恵みを運んでいくことになると聖書は言います。
使徒パウロが「霊の火を消してはいけません」と警告するように、私たちの行きたい道ではなく、主の求める道に行くことこそが、霊の火を消さないことであり、聖霊の流れの中にいることなのです。どんな些細なことの中にも、聖霊の語りかけがあるのです。