宣教

11月12日「わたしたちの食物」

イザヤ30:20 ヨハネ4:31〜34
 子供の頃、「これは体にいい」と言われる食物は、ことごとく嫌いだったように記憶しています。食べたいものや好きなものだけを食べていると健康を損ね、肥満に陥るのが常です。今だって同じです。
 イエス様が「わたしの食べ物とは、わたしをお遣わしになった方の御心を行い、その業を成し遂げることである」と言われ、「わたしの食べ物とは何であったか?」を鋭く問いかけます。10月31日は、宗教改革500周年の日です。それまで小さな群れであった原始キリスト教とはまったく異なり、御言葉ではないものに軸足を絡めとられる歴史の中で、教会が真の食物を取り戻すための悔い改めの時でした。
 「父の御心」がイエス様の食物であったように、教会とわたしたちの食物も、「あの時の愛」に立ち帰る時です。「これが行くべき道だ。右に行け。左に行け。」との聖霊を食物とする-神の愛と人々への愛を生きる-のです。「マナ」とは、インマヌエルの神との交わりです。御言葉に従うことが食物となるとき、新しい命の世界の住人となり力が溢れてきます。
 「あまたなる食物あれど何かせん まことの食物御心にこそ」、御言葉を反芻するわたしたちに。