156センチの視線

5月30日「行いにおらず」

 先日、父親から小学生の時の通知表が送られてきました。こんな時、ほのぼのと過去の自分を振り返るのでしょうが、通知表の通信欄に先生方が書いた私の評価が、それはもうひどいものでした。
 それぞれの先生は、何とか私の良いところを見つけ出して、「クラスの人気者」と書いてくれたかと思えば、「しかし、調子に乗りすぎる。」と締めくくられ、「学力はある。」と始まって「しかし、本気を出さない。」と続きます。他にも、締めの言葉はだいたいひどいものでした。そんな言葉の数々を読みながら、妻が言いました。「先生はよく見ているね。今も変わっていないね。」と。
 キリストを心に受け入れ、人生が大きく変わりました。しかし、人生を大きく変えるために私がしたことは何だったのでしょうか。ほとんどの場合、私の努力というよりも、その時に応じて神のご配慮があっただけだと言えるでしょう。
 「行いによるのではありません。誰も誇ることがないためです。」と聖書の御言葉は私を慰めてくれます。こんな私でさえも、神は暗い闇の淵より解放し、用いてくださり、幸せを与えてくださった。そのことを証しするために、このような者をも召してくださったのだと信じます。