156センチの視線

『神のなされることは、皆、その時にかなって美しい」

『神のなされることは、皆、その時にかなって美しい」(伝道3:12)とあるように、その通りの歩みをさせていただいています。感謝の言葉もありません。
 「今、この時に至って何を!」と言われそうですが、これからのことを考え、不安に胸が騒ぎ、寝付けないこの頃でもあります。快適な住居に住まいしながら、朝4時過ぎには早くも目覚め、それからは寝付けません。おかげで、朝の祈りの時間を長く、落ち着いて取れるのが恵みです。イエス様の作戦かな?とも…。
 向かいは、浄土宗の住職の家族が、すぐそばには浪岡八幡宮が、何とも主のご計画の不思議なこと!浪岡八幡宮には、義塾の教え子がいることは知っていました。少し緊張してお訪ねしました。
 「ごめんください」と玄関を開くと、実に立派な体格をし見覚えのある顔が出てきました。わたしの顔をみると、「先生でネガ!」と驚きの声を。「先生が来たんだが」とそれは素敵な笑顔で!「いがった!」と。30分ほど立ち話。「15日で7・5・3で行けねんでごめん!」と。「主よ感謝します。ハレルヤ!」と帰ってきたことは言うまでもありません。
 町会長さんは、「わたしは出身校が上智大学です。関心がありますよ」と。浪岡区長にも面会。以前、浪岡の公民館を軒並み廻り講演をした時、ご一緒したAさんをも浪岡庁舎にお尋ねしました。
 少しづつ、少しづつです。「み国が来ますように!」