156センチの視線

2020-10-18
10月18日「プロの技」

 先週から隣接する家屋の解体工事がスタートしました。想像していた解体工事は重機が来て家を壊し、すぐに終了するものでしたが、工期が10日前後かかると聞いて驚きました。
 始まってみると、作業員の方々が手作業で家の建具を取り外したり、壁を壊しているのです。かつては壊して埋立地に持っていくだけだったようですが、現在では廃棄物の仕分けが厳格になり、このように手作業で家のものを取り外すそうです。
 すべての建具が取り外され、屋根と木材で組んだ家の骨格だけが取り残された状態になって、ようやく重機が来ました。恐竜の手のように見える先端を血が通った手のように動かし、その大きな「手」で電線等の細かいものさえも取り分け、時には力強く家の梁を取り除く重機の運転技術に驚嘆しました。
 最近、Youtubeで見ているのは、海外の屋台だけを映した映像です。それぞれの国の伝統的な食べ物が、プロの技によってきれいに仕上がっていく様子はとても面白いものがあります。今回は、日本の繊細な運転技術を見ることが出来ました。
 プロの技はおもしろい。そろそろ牧師を志して10年になろうとしています。プロには程遠いですが、祈られ、支えられて歩む日々です。

Posted in 156センチの視線 | Comments Closed

2020-10-12
10月11日「神の国に転居」

 実は、このコラムを書くのは、この下の絵を描くのと同じく、極めてストレスフルな作業です。今回も本当に困っているというのが実情です。ただ、わたしの唯一出来ることは、始めたことは途中で投げ出さずに続けることです。一種の強迫観念があります。それも賜物と信じてどんな拙文でも、できなくなるまで続けることにしています。テレフォンバイブルもカウントが間違っていなければ、1777回、(多くはなっても少なくなることはない)およそ34年続いたことになります。この際お聞きになっていない方は是非、0172-32-1225(ミニ クリスマス)にかけてみてください。3分間で素敵な1日になります。
 時々、自分の顔が気になります。マルチンルターは、「神のことを想えば神の顔を映し、悪魔のことを思えばその顔となる」と言いました。悪魔の顔を映している自分に気付きドッキ!とします。       
 悪魔の一番嫌いなことは何かを考えてみました。答えは「賛美と感謝」でした。どうも笑顔も朗らかさ、友情、優しい前向きな言葉…も!反対に悪魔の好物は何だと思いますか? 「不平、不満、不貞腐れ、文句、不愉快…いくらでも出てきます。こちらの側に住んでいる自分が見えてきます。主と共なる住まいに転居したいと祈っています。

Posted in 156センチの視線 | Comments Closed

2020-10-05
10月4日「信仰をもって」

 隣接地の内部からすべてのものが運び出されました。土地と家屋を売り渡していただく際に、「中にあるものはすべて処分して構いません。」と伺っていました。もちろん、以前の所有者の方が貴重品などをすべてお持ちになった上で、です。
 さて、内部の清掃が始まりました。教会の方々のご協力もあり、たくさんの廃品回収品と処分品が分けられました。そして、一切の片付けが終了したあと、売却できるものを揃えて業者に引き取りに来ていただきました。また、それ以外のものは、私と妻で手分けして買取業者を回りました。
 結果として、内部の片付けは自前でゴミ処理場に持ち込んだ金額も合わせると11万ほどでした。そして、すべての品物の売却が終わってみると、なんと12万ほどになったのです。
 驚くべきことです。価値がないと思われていたものを合計すると、片付け費用は全てまかなえてしまったのです。主はすべてを備えてくださるということを、再び体験することのできる機会となりました。
 今後も必要なこと、それにかかる費用等、祈りの課題がありますが、ただ信じて前進することの大切さを教わっているような気がします。

Posted in 156センチの視線 | Comments Closed

2020-09-27
9月27日「生きて働く神」

 先週の水曜日、購入した隣接地付近に立つ電柱の移設が可能かどうかを見ていただくために、NTTから業者の方がお見えになりました。
 駐車場に整備するため、この電柱が移設できるかできないかで、大きく計画が変わってしまいます。また、移設可能であっても経済的な問題もありました。ですから、教会の方々にお祈りをお願いし、私自身も祈りつつ、業者の方とお会いしたのです。
 すると、すぐに「移設可能である」というお返事をいただきましたが、公道に立っているため、費用はかかってしまうという説明がありました。「ちなみに、どこに移動したいんですか?」と聞かれましたので、牧師館を指差して、「あの家のところまでです。」と答えると、困った顔で「ああ、それはあの家の方に許可を取らないと駄目ですね。」と言われました。そこで、「あそこは我が家です。」と答えると「んだか!」と大笑いされていました。
 その後、移設先を敷地内にすると減免になると教えてくださり、経済的にも希望が見えてきました。教会の方々の祈りを背に受けて、様々なことを具体的に相談し、見積もりを依頼する手はずになりました。
 主は祈りを聞いてくださる。今回の隣接地購入にまつわる一つひとつの出来事が、主に導かれていることを体験できる素晴らしい機会となっています。

Posted in 156センチの視線 | Comments Closed

2020-09-20
9月20日「希望がある」

 刑務所教誨では、クラスの最初に質問コーナーをもうけています。今回も様々な質問、疑問をあげていただきました。
 「先生、『信徒の友』を読んでいたんですが、教会はキリストの体と書いてありました。どういうことですか?」と。まず信徒の友を購読していることに驚きました。その後に、キリストの体の記述がある御言葉を開いて皆で確認しました。
 次の質問はこうです。「先生、キリストの復活は実際にはあったのでしょうか。」そのことに答えるため、十字架のもとから逃げ出した弟子たちの姿と聖霊によって力を受けて復活の証人として変えられていった弟子たちの姿を聖書から見ていきました。
 復活はにわかには信じがたいことですが、そこに人の知恵を超える神の豊かさがあることを知って、解放されていく。そんな経験を証ししました。
 最後に、ある方が言いました。「私はこれで最後になります。今までありがとうございました。出所したら教会に行きます。」
 皆で出所を喜び、祝福を祈りました。「あなたの未来には希望がある。息子たちは自分の国に帰ってくる。」と御言葉にあるように、聖書の言葉が実現した瞬間でした。

Posted in 156センチの視線 | Comments Closed

2020-09-20
9月13日「未踏の地へ」

 先週の日曜日、9月6日はわたしの75回目の誕生日でした。晴れて「後期高齢者」の仲間入りをしました。想像さえしたことの無い時を迎え、これと言った感慨もなく早くも1週間が過ぎました。恥ずかしながら、40歳のころと何も変わらないと思う自分に、ふと大きな?がつきました。
「これは喜ぶべきことなのだろうか?」と自らに問いかけました。「年寄」と思ったこともなく、「年」をあまり感じることもなく、「今までと変わらず出来る」と思っている自分でいいのか?…
ふッと、ホイヴェルス神父の『最上のわざ』の詩を思い出し心に刻みました。「この世の最上のわざは何?楽しい心で年をとり 働きたいけど休み、しゃべりたいけども黙り、失望しそうなときに希望し、従順に、平静に、おのれの十字架をになう--。若者が元気いっぱいで神の道を歩むのを見ても、ねたまず、人のために働くよりも、謙虚に人の世話になり、弱って、もはや人のために役立たずとも、親切で柔和であること--。老いの重荷は神の賜物。古びた心に、これで最後のみがきをかける。まことのふるさとへ行くために--。 ~ 神は最後にいちばんよい仕事を残してくださる。それは祈りだ。--。 ~ 」未踏の地に招く主の声に耳を傾けようと思いました。

Posted in 156センチの視線 | Comments Closed

2020-09-11
9月6日「収穫の主」

 先週の土曜日、三沢からジェームス先生ご家族が教会を訪れてくれました。7月に4人目の男の子(祥奨「さすけ」くん)が与えられ、その赤ちゃんも一緒でした。
 他の人の家に行くと、知らないおもちゃがいっぱいあったりして、羨ましくなったものですが、今も昔も変わりませんね。うちの子どもたちが使わなくなっているおもちゃを引っ張り出してきて楽しそうに遊んでいました。驚いたのは、うちの子どもたちがおもちゃを積極的に渡していたことです。他の人に与えることが少しづつ出来ていることに感動しました。
 ジェームス先生は、コロナ禍の中でもしっかりと高校生伝道に励んでおられます。つい最近、集会が開かれる場所で待っていたら、高校生は一人も来なかったそうです。しかし、30代くらいの男性が入ってきて、聖書とは一体何ですか?と聞いてきたそうです。そこで、ジェームス先生は聖書の神について説明し、罪と十字架の赦し、復活の希望について主イエスの福音を解き明かしたといいます。
 高校生を待っていたのに、与えられたのは別の人。こういうことは良くあることかもしれませんが、確かなのは、主が救いたいと願っておる方は山ほどいらっしゃるということです!

Posted in 156センチの視線 | Comments Closed

2020-09-03
8月30日「収穫の神に」

 刑務所での働きのために、いつもお祈りありがとうございます。当初、3名の方々と聖書の学びをはじめました。やがて、自分もキリストを信じたいという方が加えられるなど、その時々に主が素晴らしい方々を送ってくださり、前回は12名。これは、使っている教室が満席になったことを意味します。
 幸いなことに、継続して受講して下さる方々の存在もあって、キリストの弟子として生きるための聖書の用い方を共に分かち合っております。
 いつも、クラスが終わると職員の方がお迎えに来てくださいますが、先日、「廊下まで笑い声が聞こえてましたが、何をしていたんですか?」とおっしゃいました。何をしていたかといえば、聖書の学びですが、ご苦労の絶えない収監生活の中で、少しでも和やかに過ごしていただければ、と必死でした。その姿が笑いになっているだとすれば、感謝なことです。所内の廊下に響く笑い声が、他の方々を呼び寄せるきっかけになったのでしょうか。まったく次元が違いますが、パウロとシラスの賛美に耳を傾ける獄中の方々の姿が思い浮かびます。
 地道に種を植え続けること。たとえ私自身が実りを見ることができなくとも、置かれた場所でそれぞれの方々が主とそのみ体である教会につながってくださることを祈る日々です。

Posted in 156センチの視線 | Comments Closed

2020-08-23
8月23日「良い思い出」

 先週、家族でキャンプに出かけました。小泊の先にある折腰内という場所にある浜辺に面したキャンプ場です。
 以前、ねぶたのグループである津軽衆のリーダーの方から教えてもらった所で、家族全員で出かける初めてのキャンプでした。
 昼間、多少のアブとハチが飛び交っていましたが、地を這う虫もほとんどいないので、特に気をつけるべき虫はいないと判断しました。
 子どもたちが寝静まってから、妻と二人で語り合いました。可愛い子どもたちと暮らせる喜びと、教会の方々との交わりとを感謝しました。
 夜、寝る時に少しだけ痒さを感じましたが、ぐっすりと寝ることができました。しかし、翌朝に海で泳いだ後、足もとに痒みがあるので見てみると、妻も私も百箇所を超える虫刺されの跡があるではありませんか。そして、徐々に痒みが本格化し、自宅に帰ってくる頃には、気が狂うほどの痒みに悩まされていました。
 家にあった市販薬では到底治らないので、石澤医院にお世話になりました。足に拡がる満天の星のような虫刺されを見た石澤先生がおっしゃいました。「良い思い出ですね。」
 思わず笑ってしまいました。本当にその通りです!

Posted in 156センチの視線 | Comments Closed

2020-08-16
8月16日「罪人として」

 最近、韓国でベストセラーになった「反日種族主義」という本を見ました。慰安婦問題、徴用工問題など、昨今の日韓関係を悪化させているテーマについて、その真実はこうだ、と韓国の学者が明らかにした書籍です。どちらかというと、日本寄りの視点が多い気がしますが、このような本が、親日的な発言をすることさえもはばかられる韓国でベストセラーになることは極めて珍しいことだと思います。
 かつて、ドイツに旅行をした時にユダヤ人収容所の跡地を数カ所見学しました。そこには建物がそのまま残されるとともに、大きな石碑に自分たちが犯した過ちを深く反省し、その罪を隠さずに記してありました。日本が自ら過ちを認めるのではなく、韓国の人々が慰安婦像を設置するのとは大違いです。しかし、その韓国も、慰安婦支援団体が不正な会計処理をし、多額の補助金を摂取してきたこと、慰安婦ではない人物が慰安婦と偽って活動してきた疑惑などがフォーカスされています。
 願わくば、韓国の反日教育が終結するとともに、罪を犯した日本という国の一人の罪人として、韓国を始めとしたアジアの方々と互いに愛し合う道を祈り求めていこうと気持ちを新たにしました。
 正しいお方は主、ただお一人なのですから。

Posted in 156センチの視線 | Comments Closed

2020-08-16
8月9日「平和を実現する」

 8月も6日を迎え、9日を今日迎え、今週土曜日が15日。新型コロナの止まるを知らない災禍の中だけに、行きどころのない不安が過去の戦争の惨禍と共に押し寄せて来るのを感じます。
 ウイルスは人類が団結してもすぐには消えませんが、戦争と核の脅威は人間が生み出したものですから、確固たる政治的決断があれば変えられるものであることをしっかりと心に刻む必要があります。しかし事態は全く逆方向に向かっています。
 軍事強化があたかも国を守るかのような錯覚と神話に別れを告げる時が今です。唯一の被爆国である日本が、「核不拡散条約」に参加せず、「保有国と非保有国の橋渡しをする」などとは詭弁に他なりません。そればかりか被爆国の日本が、原発という国策において被爆する恥ずべき行為を決して繰り返してはなりません。人類が核の時代に突入してから75年、日本政府すらもが、核抑止論に拘泥する現実に深い憤りを覚えます。
 乏しい想像力の中でも、明らかなる人間の過ちである原爆投下の成功を祈った、祈ることを命ぜられた人々を想い胸が痛みます。故に信仰の何であるべきかの問の前に立たされる日々です。
 わたしたちの信仰は「汝殺すなかれ」「平和を実現する者は幸い」の内に築かれるのです。

Posted in 156センチの視線 | Comments Closed

2020-08-16
8月2日「愛の連鎖」

 鈴木シスターの番組を制作したNHKのディレクターの方にご自身が携わったドキュメンタリー番組を収めたDVDを頂きました。
 ある受刑者が所内での手紙のやり取りに感動し、またマザーテレサの生き様に心打たれてキリストを信じました。そして、出所後に自分も受刑者に手紙を書こうと決意し、文通のNPOを立ち上げるのです。その活動に参加する一人の女性を追った映像でした。
 許可を頂いたので、教誨でその映像を観ました。受刑者の方々が、文通を通して心が砕かれ、奥底にしまい込んでいた本当の気持ちを打ち明け、解放されていく様子が描かれていました。
 実は、その女性は中学時代、いじめられたことがありました。その時、誰にも相談できなかった経験がありましたが、もしも話を聞いてくれる人がいたなら…。しかも、まったく知らない人のほうが話しやすい…。その思いが今に活かされているのです。
 愛に根ざしたその活動が、実際の文通で人を励ましているのと同時に、その映像によっても励まされる人がいるということを、受刑者の方々の反応を見て感じました。

Posted in 156センチの視線 | Comments Closed

2020-07-28
7月26日「風は神の息」

 先週、父から祈ってほしいとリクエストがありました。それは、日本の将来を左右する大切な会議、第1回「洋上風力の産業競争力強化に向けた官民協議会」のためです。
 詳しい会議の内容は経済産業省のホームページに掲載され、参加者の一覧や会議の様子が動画で閲覧可能です。この会議は、島国である日本が、エネルギーを外から得るのではなく、内にある天然資源(内村鑑三は「自然」ではなく、天の神から与えられた「天然」と呼ぶのがふさわしいと言っていました)を利用し、エネルギー自給率を高めるために重要なものでした。 そして、3年後をめどに、青森県で実証試験が行われることとなりました。なぜ、青森県か、って?それは、私たち家族がいるからでしょう!というのは冗談で、青森県は洋上風力に必要な要素を豊富に兼ね備えているからだと思います。
 かつて、青森県は風力発電が日本一の場所でした。そして今、今度は洋上風力で日本一への道を歩み始めたのでしょうか。ワクワクします。
 ルーアッハ。風は神の息吹。主が与えてくださった再利用可能な無尽蔵のエネルギーが、今、ここにあるのです。

Posted in 156センチの視線 | Comments Closed

2020-07-19
7月19日「普遍的なテーマ」

 最近、子どもたちがレンタルしてきた「クレヨンしんちゃん」の映画を観ました。母親を事故で亡くした幼い女の子「サキちゃん」は、自分が悪い子だったからだと自分を責めて、日々、悪夢にうなされるようになりました。残された父親は、サキちゃんが悪夢を見ないように、人々から良い夢のエネルギーを奪って、サキちゃんの安眠を守っていました。
 自分を責め続けるサキちゃんには、友だちが一人もいません。しかし、しんちゃんたちに出会って徐々に変化していきます。物語も佳境に入る頃、しんちゃんの母、みさえがこんなことを言いました。「子どもをしつけたりして、母はいつも嫌われ役。でも、それでもいい。子どもは自分の命よりも大切なんだから!」
 彼女の姿にキリストの十字架が重なりました。世界中から嫌われ、いらないと罵られ、神などいないと言われ続ける主。それでも、愛する子のためなら、命さえも投げ出す姿。それが十字架です。
 お尻などがたくさん出てきて、一見、下品な幼稚園児の物語のように映りますが、親と子の関係が子ども同士の関係にも影響し、愛によって世界(埼玉県の春日部)が救われていくテーマが描かれている秀逸な作品でした。
 私のほうが、クレヨンしんちゃんにはまりそうです。

Posted in 156センチの視線 | Comments Closed

2020-07-11
7月12日「耳のうまい人」

 忘れていた本を何気なく手に取りました。『あなたは見えないところで 愛されている』郡美矢著です。読んだ時に感激したのを思い出しました。1770年生まれ、全聾の方で豊岡市に続き、広島市の教会で伝道牧会にあたっている。国際手話通訳者、公用手話の国際手話のほか、4カ国の手話に精通。アメリカの大学院卒、ろう者クリスチャン劇団員として世界各国で公演。「但馬のウーピー・ゴールドバーグ」と呼ばれている方です。
 聾学校から、普通学校に小6から転校、中学、高校に進み、初めての女子柔道部員として活躍、徳島県大会で優勝…。カナダに歯科技工士として就職。アメリカの大学に進学、牧師の資格を取得、
シカゴの貧困地帯でボランティア…後は興味のある方は購入してください。
「ろうは神様からのプレゼント」と感謝の日々の中にいます。好きな聖書の個所は、イエス様の「99匹と一匹の羊」の譬えだと言います。御言葉を通して語りかける言葉には、自らの人生を導いてきたお方の「力」が溢れています。
 「他人の欠点は『美人の欠けた前歯』」なんて言葉もあります。気負わない、神様の愛の中を歩む豊かさと出会えます。「口がうまい人ではなく、耳がうまい人に!」とは名言です。楽しかった!    石川

Posted in 156センチの視線 | Comments Closed

2020-07-11
7月5日「進まれる主」

 先週、JCMNの先生方とミーティングの時を持ちました。コロナウィルスの影響で、各教会ごとに難しい対応を迫られていたようです。各地で礼拝がもてなかったり、自粛要請で外出できなかったりと、教会の働きが停滞しているように見受けられますが、果たしてそうなのでしょうか。
 今回、岡山県のニューライフ教会の佐藤先生と再びお会いしました。某国へ、沖縄へ、と一緒に宣教旅行に行った友です。その先生のところに突然お電話があり、「私は聖書の言葉が真実だと分かりました。」と話したということです。その次の週、大学生から電話があり、「聖書の言葉が真実に思えてきました。」と。佐藤先生は仰天したそうです。
 証の最後に、佐藤先生はこうおっしゃいました。「教会という共同体がたとえ停滞していたとしても、主ご自身は休まれることがない。主は今も宣教の最前線を行かれており、私たちはその実りを受け取ることが許されているだけなのかも。」と。
 ハレルヤ。私たちの主は、眠らないお方。私たちがどうなったとしても、たとえ、主があの十字架のときのようにお独りになったとしても、前進することをやめない方です。そして、私たちといつまでも共にいてくださる方です!

Posted in 156センチの視線 | Comments Closed

2020-07-11
6月28日「どちらが幸せか」

 2009年、夏期伝道実習として青森の木造教会に派遣されてから10年が経ちました。一時的とはいえ、地方の小さな群れが一人の人を迎え入れるのは大変な決断だったろうと思います。主に導かれてその決断をしてくださった一人、佐々木達司さんが病のために入院されました。
 昨年の11月に木造教会でメッセージをさせていただきました。礼拝が終わって私が帰った後、達司さんは息子さんの信也さんに「牛山先生は立派になった。私の葬儀はぜひ先生にして欲しい」とおっしゃっていたそうです。そのことを入院の一報とともに伺いました。訪問したかったのですが、コロナウィルスの影響でお会いできない日が続いていましたが、先週、ようやく伺うことができました。
 達司さんはすべての医療行為を拒否され、静かに御国への道を主とともに歩まれていました。そして「好きなことをやってきた。もう思い残すことはない。」と仰っていました。すべての人が、人生の終末に言いたい言葉ではないでしょうか。
 達司さんが主を信じたきっかけ。それは「死を前にして、神を知らない人と、神を知っている人、どちらが幸せか」という牧師の言葉でした。
 永遠の命に生きることの、何たる平安!

Posted in 156センチの視線 | Comments Closed

2020-06-20
6月21日「主の恵みと憐れみ」

 愛する岩澤弘子さんが天に召されました。昨年の4月に病を宣告され、その後奇跡的に回復しましたが、この度、主に名を呼ばれていきました。
 昨年の11月2日、土曜日の朝に入院されている病院で洗礼を受けられました。それ以降、毎日のように祈り、主を賛美する日々を過ごしていたようです。
 また、石川牧師をはじめ、教会の方々が度々訪問され、とても喜んでおいでだったと伺っています。コロナウィルスの影響で病院を訪問できなくなり、私たちはもちろん、弘子さんがどれほど寂しかったことでしょうか。きっと、そんな中でも共にいてくださる主に寄り添われて、ますます信仰が熱くなっていたのではないかと推察します。
 弘子さんは、この地上の最後をしっかりと準備されました。礼拝堂には一度も足を踏み入れませんでしたが、教会の方々が訪問したときには、そこが教会となったことでしょう。弘子さんにとっては、病院が礼拝堂であり、教会だったのです。
 弘子さんは夫である紀雄さんの信仰と深い真実な祈りを導き、全てを委ねて帰られました。コロナウィルスの混乱の中で、帰天の礼拝ができることは、何という恵みでしょうか。主の深い憐れみと慰めを感じずにはいられません。

Posted in 156センチの視線 | Comments Closed

2020-06-20
6月14日「すべてが用いられ」

 イエス様の有名な言葉に、「空の鳥を見よ。野の花を見よ」があります。浪岡教会には、空の鳥と花がいっぱいです。毎朝の日課は、まず、二階の居間の南側-八甲田山側-の窓を開け、「恵伝乃園」を見て、今盛りの美しい薔薇や花々、畑に、囀る小鳥に「おはよう!」の挨拶から始まります。
 東に、浪岡城址とその向こう側に八甲田山、西には岩木山が。位置的には、弘前西教会と同じ(お城と岩木山)位置環境の中にあります。
 少々、夢見が悪くても寝不足でも、「恵伝乃園」と小鳥の声は、賛美と感謝を運んでくれます。セルフ・イメージの悪い私が、賛美と感謝を生きることが出来るようにと、神様が与えてくれた最高のプレゼントです。サラの散歩を終えて、6時前に礼拝堂のテーブルでの「ディボーション」を守る時も、美しい花々が目に入り慰められています。
 「ここも神の御国なれば(^^♪」の賛美歌が胸に湧いてきます。礼拝においでになる方、お尋ねくださる方には、ペットボトルの花瓶に好きな薔薇を差し上げます。義塾に、20周年を迎えた浪岡の「ふるさと教会」に、差し上げる先々での喜びの歓声に嬉しくなります。教会にある、いる(サラ、マルコ)すべてが、証のために用いられています。採って来るワラビさえも。ハレルヤ!

Posted in 156センチの視線 | Comments Closed

2020-06-20
6月7日「眠らない主」

 今週から会堂に集まっての礼拝が再開します。これまでオンラインでの礼拝を継続してきましたが、それは集まることとは違った、また別の恵みが与えられる良い機会となりました。
 しかし、ネット環境がない方々やZoomの導入ができない方々は毎週会堂に集まって来られました。そして、口々におっしゃっていました。「やっぱり会堂がいい。」、「皆さんにお会いできて嬉しい。」など。
 教会の誕生を記念するペンテコステを祝うため、主が再び私たちを集めてくださいました。当たり前のように会い、励まし合っていたことが当たり前でないことを噛みしめる喜びの時です。
 私たちがステイホームをしている時、神の国の拡大はストップしていたかのようでした。各地から聞こえてくるのは、礼拝を中止せざるを得ない、教会の存続が心配、といった後退を連想させる声ばかりでした。
 しかし、ある先生がおっしゃいました。「コロナウィルスの影響でステイホームという言葉が定着したけど、信仰までステイしないようにしないとね。」
 先週は浪岡教会に新しい兄弟姉妹が加えられました。どんなときでも、主の歩みを止めることはできません。「見よ、イスラエルを見守る方は まどろむことなく、眠ることもない。」(詩篇121:4)

Posted in 156センチの視線 | Comments Closed