宣教

4月5日「この時に導かれて」

イザヤ52:13〜15 ルカ23:44〜49
 今日は、「棕梠の主日」、イエス様がエルサレム入城をされ、この6日後に十字架につけられます。この週は、受難週として覚えられています。わたしたちの教会は46年前の1974年4月7日に最初の礼拝が守られ、この日を教会の誕生日としています。
 受難週から始まった教会です。主の御受難がなければ、この教会はもとより、全世界に教会は存在しませんでした。主の十字架と復活を通して教会は誕生しました。この時がわたしたちの教会の誕生日であることは、原点を決して見誤ることの無いようにとの、神様の憐みであったのです。
 十字架上のイエス様について、四福音書はそれぞれに特徴ある記述をしています。それぞれの弟子たちの受けた印象の違いの記述は、福音の真実と豊かさを余すことなく伝えてくれます。
 マタイが、「わが神、わが神、どうしてわたしをおみすてになったのですか」は、ルカにおいては、「わたしの霊を御手に委ねます」になっています。ヨハネでは、「成し遂げられた」です。ルカでは、「神殿の垂れ幕が真ん中から裂けた」ことにより、「道、真理、命」の主の姿が浮き彫りにされています。
 十字架の道に、教会とわたしたちの尊い命の真実が浮び上がります。友よ、十字架を見上げよう!