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2019-04-14
4月14日「主が準備されている良いもの」

新年度が始まりました。今年は日本も新しい元号になる年です。「令和」という元号に対して、様々な意見が寄せられていますが、祈祷会である方が言いました。「わたしが考えた新しい元号は『栄主』です!」
「それ採用!」と、みんなで大笑いしました。
 新しい一年も、私たちを愛し、共にいてくださる方の栄光が、それぞれの人生に現される一年となることでしょう。
 5月4日、東京のHiba(高校生伝道団体)からスタッフが8名ほどいらして、それを皮切りに定期的に集会が持たれます。それだけでも嬉しいことなのですが、「サポートしたい」と願い出てくれる青年たちが与えられています。また、参加者も加えられ始めています。次世代のリーダーたちへ、主がビジョンを与え、それぞれの人生をますます輝かせてくださると確信し、期待しています。
 また、シューミン・クォン牧師が再び来日し、御国の弟子訓練についての学びが東京で開かれます。そこに、手を上げて参加を希望されている宣教チームがいます。派遣される方々の学びが祝福されることは間違いないでしょう。
 現時点で分かっていることだけでも、挙げていけばキリがありません。さらに、主が準備されている良いものが、私たちを日々新しくしてくださるでしょう。

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2019-03-31
3月31日「神の家族としての一致」

先週の月曜日から水曜日まで、岩手山青少年交流センターで行われた東北スプリングキャンプに参加してきました。これはアッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団の東北教区が主催する次世代の若者たちのキャンプです。中学生以下のキッズと中学生以上のユースに別れて様々なイベントが行われました。テーマは「キャッチ・ザ・ビジョン」です。神様が一人ひとりに見ている夢をキャッチして、そのことを現実にしていこうという実践的なものでした。
 50名を超える参加者の一人ひとりが輝いていました。地域のために、日本のために、一人でも多くの人に素晴らしい神の救いと、人生に対するご計画があるのだということを伝えたい!そんな熱い思いが感じられました。主とともに歩むことは、こんなにも喜びに満ちたものだということを、体いっぱい表現している若者たちを見て、日本はこれから素晴らしい福音の拡大の時代を迎えるだろうと思わずにはいられませんでした。
 私たちも、教派は違いましたが、聖書と信仰の強調点や、相違点など、一つも聞かれず、ただ神の家族として、ともに主を心から賛美し、一つになることができました。今回も、教会と人々が一致するためには、宣教の情熱が必要だということが改めてわかりました。

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2019-03-17
3月17日「最高の終活」

「ありがとう。何べん言っても言い足りぬ。病はありがとうの泉なりけり。」
 仕事帰りの父が病室を訪ねてきたのですが、椅子に座ってウトウトと船を漕いでいるのを見ながら、母の冨士子が末期がんの病床で作った詩です。
 退職直後、今までできなかったことや旅行をする事を話していた母が自分の病状を知った時、あれほど取り乱していた母が、徐々に平安のうちを歩むようになっていったのを見て、信仰による天の御国への確かな希望とは、人をこれほどまでに変えてしまうのかと驚いたものです。世を去る前の日、目を見開き、口を開けたままで、意識がなかった母が、ベッドサイドに集まった親戚の人々を前に急に起き上がり、「今まで出会ったすべての人に感謝します。」という言葉を発した時のことは今でも忘れません。最後の力を主にいただいたのでしょう。
 終活という言葉が当たり前のように叫ばれるようになり、QOLという患者の心の変化や生活の質を重視する考え方が当たり前になった今でさえ、それはこの地上の終りをどう迎えるかに集約されています。しかし、終わったあと、果たしてどこに行くのかという備えをしている人はいるでしょうか。
 主の十字架と復活が歴史的事実となった今、私たち主を信じる者たちには最高の終活がすでに与えられているということは、何という平安でしょうか。

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2019-03-03
3月3日「主を信じ、より頼む」

7年前の2月、あるカップルが婚約式を上げました。女性はすでに働いていましたが、男性は仕事もない学生でした。先行きは不透明でしたが、不思議なことに、この婚約に誰も反対する人はいませんでした。親をはじめとしたすべての人々は彼らを心から祝福し、その歩みの上に必ずや主なる神の恵みが降り注ぐであろうと信じていました。なぜなら、その出会いは神を通して与えられたと考えうるに十分すぎるものだったからです。
 婚約の後に結婚した彼らは、その歩みにおいて一つひとつの道が閉ざされ、思惑通りにならない、祈りが聞かれないという中を通され、決断を迫られるときが訪れました。そして選んだのは、全く新しい道でした。
 今、彼らは喜びに満ちています。子どもたちに囲まれ、人々の愛と祈りを感じ、互いに仕え、愛し合う共同体の中で歩んでいます。これは私のことです。
 今日、婚約されるお二人と境遇が似ています。だからこそ、主なる神に頼るお二人に同じ祝福がないと誰が言えるでしょうか。そうです。主はお二人をしっかりとふところに抱き、ご計画に従って最高の人生を用意しておられます。今はその片鱗しか見えていないかもしれません。やがて嵐の中を通されることもあるでしょう。しかし、主を信じるものの人生は、失望に終わることがないのです。

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2019-02-24
2月24日「神の言葉は、真実かつシンプル」

先週の金曜日で義塾での一年間の授業が終わりました。今年も一年間、祈られて無事に終えることができ、さらに関係を深めることができたことを感謝します。
 試験問題を作りながら、はじめて義塾に遣わされた年に作った教案を見直してみました。そこには、難しい神学的な内容がたくさんありました。自分ではシンプルに語っていたつもりでしたが、こんなに複雑な内容では理解できなかっただろうという申し訳なさでいっぱいになりました。
 教会の方々とともに御言葉を実践し、励まし合いながら前進することで、証がたくさんできるようになってきました。神の命令はシンプルであり、実践可能で、チャレンジする価値があり、聖書の神の言葉の真実さに出会うことができるということを宣言しています。今では同じ聖書の物語に対するアプローチもだいぶ変わりました。
 教室を出る時、「来年も先生が聖書の授業やってくれんの?」と声をかけてくれた生徒たちがいました。おそらく私は二年生を持つことになるだろうと告げると、残念そうにしていました。登場人物になりきって演じてきた牛山劇場が閉幕です。限りない妄想力で勢いに任せてきただけの授業に喜びをもって参加してくれたすべての生徒たち、そして私を用いてくださる主に感謝です。

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2019-02-17
2月17日「主の復活にある、希望と慰め」

先週の木曜日、ご自宅での納棺式と出棺式、そして火葬場での火葬前式、拾骨式、教会での告別式と、一連の葬儀を執り行うことができました。今までは、石川牧師と共に葬儀に携わってまいりましたが、一人で行うのは初めてだったことに気が付きました。
 告別式のあと、お手伝いをしてくださったり、参列してくださった教会の方々の中で、何人かの方がおっしゃいました。「私のときも安心ね。」嬉しい半面、寂しい気持ちになりました。いつか別れが来るのは分かっていますが、それを考えると胸が締め付けられました。
 弘前に遣わされて6年が過ぎています。もっと長くいたような気がするのは、きっと中身の濃い、充実した日々だからだと思います。「牧師は会衆に育てられる」と教えられてきました。日曜日の礼拝が終わると、「今日のメッセージ良かったよ。」と言ってくださる方々がいます。毎回、「素敵なメッセージをありがとうございました。」と言って握手をしてくださる方がいます。自分では納得出来ないと思うときでさえ、そのような励ましがある中で、これまで育てられてきたことを感じています。
 これからも、深い交わりを持った方々の葬儀をあげる日が来ることでしょう。その度に、主の復活が確かな希望となり、大きな慰めになることは間違いありません。 

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2019-02-03
2月3日「神の愛と開放」

東奥義塾の聖書の授業は、出エジプト記のイスラエルの民のエジプト脱出を学んでいます。
 生徒たちと聖書の御言葉を紐解くと、見えなかったものに気付かされます。例えば、神がモーセに命じたことは難しかったか、簡単だったかということです。杖を投げること、手を上げること、民を去らせよ、と言うことです。どれもモーセには簡単なことです。でも、モーセはやりたくなかった。やりたくない理由がたくさんあったのです。しかし、それでもなお、「あなたとと共にいる」という御言葉に励まされて旅立ち、信仰が成長していく過程を共に見てきました。
 学びの中で「プリンス・オブ・エジプト」という映画を見ました。今では非常に有名な制作会社となったドリーム・ワークスのアニメ作品です。ホイットニー・ヒューストンとマライア・キャリーの歌う「When you believe」は主題歌として大ヒットしました。
 物語が佳境に入り、虐げられていた人々がエジプトを出ていく姿を背景に、「奇跡は起こる。信じるなら〜」と、主題歌が流れます。教室を見渡すと、ハンカチを手にし、涙を流して見入っている生徒もいました。
 神の愛と解放の物語は世代を超えて、すべての人の心に訴えかける普遍的なものだと感じました。生徒たちが人生の嵐の中で「出エジプト」を必要とするとき、流した涙を思い出してくれることを信じています。

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2019-01-27
1月27日「変わらぬ御言葉に聞く」

たくさんの方々の祈りが主に届き、父親の目の手術が成功しました。これまでは、「まるで片目で過ごしているようだ」と言っていましたが、そのことは大きな疲労となって日々積み重なっていたことでしょう。手術を担当した先生は自信に満ちていて、何度も同じような患者を見てきたのか、ものの30分ほどで処置が終了したとのこと。
 「手術がうまくいってもいかなくても、神様と約束したんだ。」と父が言いました。「もっともっと神様のために働こうと決めたんだよ。」
 これまでも多くの教会や信仰者を陰ながら支えてきた父ですが、これから新しいことをする、と仰る主のご計画に従おうというのです。かつて、エステルが王宮に嫁ぎ、王妃の位にまで達したのは、人々を救い出す日のためだったのではないかと、神の導きと摂理を説いたモルデカイ。父にとってのモルデカイは病だということができるかもしれません。人々を救い出すために、主が父に対してどのようなご計画をお持ちなのか、今からワクワクします。
 雪の合間に開けてきた澄みきった青空を見ながら、聖書に記された神の言葉はいつも変わらず真実だと思わされた今日このごろです。

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2019-01-20
1月20日「御言葉に聞く」

二年前には教会の七つの本質がライフスタイルとして私たちの人生に入ってきました。そして昨年は、否定的な感情を手放して癒やしを受ける方法が与えられました。また、身体的な癒やしといった人の想像を超える神の介入を見てきました。もちろん、それはすべてイエス・キリストの弟子になるという目的のために与えられている恵みであり、聖書の通りであることを確認してきました。
 この難しい時代にどう歩むべきか。世界中の人々が祈る中で、聖霊を通して多くの信仰者に同じような方向性が示されているように感じます。教会の本質、福音の本質、聖書の原則など、近代以降に聖書を科学的に解剖してきたことで、聖書の権威と信憑性に疑問を呈する時代を経て、今、ようやく科学が聖書の真理に近づいてきたのかもしれません。キャロライン・リーフという脳科学者の講演を聞いて、聖書で指摘されている事柄の本当の意味が徐々に明らかになっていくようでした。
 「隠されていることで、あらわにならないものはなく、秘められたもので、人に知られず、公にならないものはない。だから、どう聞くべきかに注意しなさい」という御言葉が示されました。神の御言葉をどう聞くか。それは「御言葉を聞く」のではなく「御言葉に聞く」中で明らかにされていくものかもしれません。

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2018-12-30
12月30日「二度目の救い」

今年も素晴らしいクリスマスをお祝いすることができました。特に、一人ひとりが誰かに言われたからではなく、自ら手を上げて神を讃える姿は、天国のように美しいものでした。
 はじめて西教会を訪れた日、祈祷礼拝に参加しました。教会に入り、人々が祈る姿と献身の姿勢を見て、この教会は本物だという確信が与えられました。聖霊の臨在を感じたその場所で、主はさらに恵みを降り注ぎ、教会と福音の本質が入ってきてから、私たちは変化しつつつあります。特に、牧師である私自身の変化が一番大きかったのは言うまでもありません。
 「ただ宗教儀礼を行うように、と主は私を召したのだろうか?」そんな思いを抱え、疲弊していた時期がありました。祈ることも、聖書を読むことも、苦行のようでした。それを人々に悟られないように隠すことは、御言葉が示す理想的な教会形成と人間の姿からかけ離れていたのです。しかし、主はそんな私を救い出してくださいました。キリストのご降誕を祝う礼拝の中、眼前で輝く人たちの姿を見ながら、主がしてくださったことの大きさを感じていました。
 「〜だったら、これをすべき」から解放された平安の中で、私に二度目の救いが来たような喜びが満ちています。

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2018-12-23
12月23日「どんな時、どんな事にも感謝」

「この一週間、感謝だったことは?」
 この分かち合いを祈祷会で、そして刑務所でもはじめています。それぞれ、感謝を探しながら生活することは「どんなことにも感謝しなさい」という聖書の言葉を実践する上で大切なことです。そして、探せば探すほど、身の回りには感謝が溢れていることに気付かされています。時間が足りないほどです。
 シンガーの三上勝久さんは、「人生いろいろある。チクショー感謝、チクショー感謝だよね!」と試練の中でも感謝することで守られてきた魂の領域があることを伝えてくれました。彼は末期がんを患う中で、キラキラと煌くような曲を生み出し続け、人々を励ましています。
 なぜ、あの人たちはいつも笑っているのだろうか?苦しみや悲しみがないとでも言うのだろうか?まだ救い主を知らなかった私が教会の方々に見た信仰者の姿は、まさにそれでした。どうしてなのか、今は分かる気がします。
 救い主を心にお迎えしてから、12回目のクリスマス。素晴らしい妻とかわいい子どもたちを見ながら、主が与えてくださった喜びを感謝し、数えています

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2018-12-16
12月16日「あなたも世界を変えることができるのです。」

月に一度の刑務所教誨で、受刑者の方々と共にクリスマスについて学びました。クリスマスといえば何を連想するか、と問いかけると、一人の方が「キリストの誕生日じゃなかったっけ?」と自信無げに答えてくれました。
 クリスマスの物語を知らない方々です。神はなぜ御子を与えてくださったのか、なぜその方は貧しい夫婦を親として、飼い葉桶に生まれなければならなかったのか。そして、どんな生涯を歩んでいったのか。「ひとりのみどりごがわたしたちに与えられた」というイザヤの預言から、ごく普通の人が、世界を変革していく物語を分かち合い、「あなたも世界を変えることができるのです。」というメッセージを贈らせていただきました。
 いつから、どんな理由があって、今刑務所にいるのでしょうか。もしかしたら、多くの人たちは受刑者の方々の過去を知りたがるかもしれません。しかし、私たちの主、イエス・キリストは人の過去よりも、未来を信頼しているということ。そして、世界を変えていくために必要な助けを今、与えてくださることを学びました。
 一人の方が言いました。「何かできそうな気持ちになってきた。」主が心の飼い葉桶に生まれてくださった瞬間でした。

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2018-12-02
12月2日「本質・関係」

金曜日は義塾の試験監督でした。廊下を歩いていると、受け持っているクラスの担任の先生が走り寄ってきました。留学していた生徒が帰国してくるので、成績のつけ方について教えてくださるためでした。
 私はそのクラスに行くのが本当に楽しいのです。今では、私が教室に入るだけで、みんなが笑ってくれます。さながら、ミスター・ビーンのようです。彼や愛車のミニクーパーが画面に映ると、それだけで視聴者は大笑いです。なぜなら、彼が出てくることは、何かが起こること。そして、何かが起これば楽しいのです!もし、私がそのように思っていただけているとすれば、私のことをよくわかってくださっている証拠です。冗談が大好きだということを。
 「私が入ると、生徒たちが笑ってくれるんですよ。」と担任の先生にお伝えすると、「生徒たちを叱っておきますね。」と言われました。この先生は、まだ私のことをあまり理解していないようです。ですから、「いえ、とても喜んでいたので感謝したいのです。ぜひ褒めてあげてください。」とお伝えすると、びっくりしたような顔をされましたが、少し意図を汲んでくださったようです。
 生徒たちとは関係ができてきていますが、肝心の先生方との関係がまだまだだな、と思わされた一コマでした。

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2018-11-25
11 月25日「主は素晴らしき方」

先週、第40回青森県更生保護大会が藤崎町文化センターで開催されました。私は更生保護の働きに携わってから二年しか経っていませんが、光栄にも今回の講師として講演を担当させていただくことになっていました。
 祈祷礼拝で皆様と聖書の御言葉を分かち合いながら、どんな事を実践していくかを自分で決めてチャレンジすることを始めています。参加された方々がそれぞれに実践することを決めていく中で、私にも御言葉によってチャレンジが与えられました。
 講師として選んでいただいた夏以降、更生保護に携わる皆様の利益になるようにと、世界各国の犯罪や更生保護について調べていました。当初の原稿では、そのような知識や情報が講演の大半を締めていましたが、御言葉によって自分の立場がはっきりと示され、両親や福澤先生ご夫妻、友人、そして若かりしときにお世話になった保護司の方の事を話し、見捨てないで家族のように信頼し、励まし、導いてくださった方々の存在がなければ、今の私がない、という話をしようという気持ちが与えられました。
 講演が終わると、多くの人たちが寄ってきてくださり、「涙した」と言ってくださった方もいました。当初の原稿では、涙はなかったでしょう。主は本当に素晴らしい方。従うに値する方です!

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2018-11-18
11月18日「教会に行ってみようかな。」

一ヶ月に一回の刑務所訪問で、今月も教誨師の働きに行ってまいりました。先月は受講者三人のうち同時に二人が出所され、お一人と向き合うことになるのだろうと向かってみると、新しい方々が増えていました。
 今回も人生の歩みと救われた証をしました。みなさんは時々笑ったり、質問したりしてくださって、終始楽しい時間を過ごすことができました。自分もクラブで遊んでいた、幼少期の環境が似ている、などのご意見もあって、みなさんと親しくなれた気がしました。
 来月で出所される方が言いました。「先生、俺は先生のように救われた人の話が聞きたいんだけど、そんな俺でも教会に行っていいのかな?」私は答えました。「もちろんです。でも、気をつけてください。みなさんが経験してこられたことを悪く言う人たちは残念ながら教会の中にもいるかも知れません。でも、人につまずかないでください。神様はみなさんをどう思っておられるか。それだけに集中してください。そして、神様が与えてくださっている、幸せになる権利を行使してください。」
 「教会に行ってみようかな。」教誨師として奉仕するようになってから4回目にして、はじめて聞いた嬉しい声でした。
 自らの罪を自覚し、助けが必要であることを認め、救い主に会いに行こうとする人が起こされています。

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2018-11-04
11月4日「福音の本質がこの地を揺り動かす」

今回から青森コーチングネットワークは弘前西教会ではなく、場所を変えて青森バプテスト教会で行われました。二年間の学びを経て、教会の本質を徐々に自分の生活の中に活かし始めている方々が出てきました。私たちの教会は会場教会としてその恵みを受け続けてきたのです。そして今、新しい時が始まりました。
 青森バプテスト教会の角本先生ご夫妻、そして佐々木先生ご夫妻の主に対する情熱と服従の姿勢、そして謙遜さに心打たれました。そして、非常にユニークなところも!
 多くの参加者の中でも、北西地区婦人会連合の会長が参加されたことは大きな喜びでした。しかも、本質を受け入れ、大いに喜び、地区内のすべての教会に伝えたいと仰ってくださいました。大きなうねりが青森を包み、福音の本質が人間的な領域を打ち破りながらこの地を揺り動かしています。
 次回も会場をお貸ししていただきたいのですが、と角本先生にお声をかけました。二つ返事でしたが、もっと嬉しいことに、青森バプテスト教会の方々にもっと伝えたいということだったので、次回は金曜日、土曜日の日程に決定しました。
 次回3月にはまだ時間がありますが、今からワクワクしています!

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2018-10-21
10月21日「主の御言葉に従う」

今年に入って三回目の津田キリスト教会。愛する方々の顔や名前も覚えてきました。もちろん、津田の方々も私のことを覚えていてくださって、どんな人かも分かってくださっているので、話は早いのです。西教会の方々が私のしょうもない冗談を笑ってくれるように、津田の方々も同様です。
 今回のワークショップも実践的、かつ聖書的な素晴らしい学びの時となりました。新しい出会いもあり、主から促されて御言葉に従って生きる決断の時もありました。
 シューミン・クォン先生は、このたび津田の伝道師の女性と婚約しました。話の端々で、彼女のことをどれほど愛しているのかを熱く語っていましたので、ワークショップが終わる頃には、それが人々の笑いを誘ったほどです。そして、今回も主要なテーマは「関係」でした。
 弟子訓練という名で、どれほど多くの情報や時間が共有されてきたことでしょうか。それは複雑極まりないもので、一部のエリートクリスチャンのみが辿り着ける境地でした。しかし今、主によって導かれたシンプルな信仰者の歩みが解き放たれました。それは、主の御言葉に従う、ということのみでした。考えてみれば、それもそうですよね!

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2018-10-07
10月7日「中身の濃い。主の愛の計画」

先週は、東奥義塾の二年生が修学旅行中ということもあって、金曜日が一日空きました。これを機に、長い間願ってきた教会案内を作成しようと決めて、金曜日まで構成を考えたり、写真を選んだり、アイデアを紙に書いたりしながら過ごしていました。
 写真を見ると、私がこの地に遣わされてきてからのことが記録されていました。伝道師として、また主任牧師としての就任式、様々な行事、人々の姿です。だんだんと増えていく地域の人たちとの交流、他教会との結びつき、子どもたちの成長などを見ながら、ようやくデザインの原案ができた頃には、目が非常に疲れていました。「霊は燃えていても体は弱い」のですね。
 何十年もいるような感覚がありますが、まだ6年です。献身するまでの薄っぺらい人生が嘘のように、中身の濃い人生をスタートさせてくださった主のすばらしさを感じながら、失われていた時間を大急ぎで取り戻そうとしてくださっているのだな、とあらためて主の愛の計画に触れることができました。
 10年、20年経つとどうなっているのだろうか。主に聞きながら、長期的なプランを考えたいと思わされました。次世代のリーダーたちが育ち、この教会がさらに主に従う人々の愛によって建て上げられ、ますます力強く前進するために、熱い祈りが必要です。

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2018-09-30
9月30日「主の御声に従うこと」

27日の木曜日、八甲田伝道所へ宣教に行ってきました。農業者が冷遇され、過疎化が進む農村社会の中で、八甲田伝道所の現状もまた厳しいものがあります。何とか主の御言葉によって励ましたいと願い、祈って出かけようとしました。すると、「名刺を持っていきなさい」という声が聞こえてきました。八甲田伝道所の方々とは顔見知りです。青森教会の井垣先生は、「私たちは四名で参加します」とおっしゃっていましたが、青森教会の方はだいたい分かりますし、「なぜ名刺を持っていく必要があるんだろう。他の人が来るのだろうか?」と疑問に思いながら、主に語られた言葉と信じ、名刺を手にしました。
 肌寒く、霧が立ち込めてきた八甲田伝道所の中で薪ストーブにあたっていると、知らない方が二名、井垣先生と一緒に入ってきました。「青森教会の方かな?」と思いましたが、実は二年前から浅虫に教会を開拓している韓国系アメリカ人の宣教師ヤン・テクホ先生ご夫妻でした。青森市の教会の先生方から浅虫に開拓協会があるという話を伺っていたので、お会いしたいと願っていたところ、このような形で主が導かれたことを驚きと喜びをもって受け取りました。
 主の声に従うことの素晴らしさと、ネットワークを形成しようとされる主のみ心を、また味わうことができました。

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2018-09-16
9月16日「奇跡の積み重ね」

火曜日、いつもは15時過ぎに帰ってくる娘が、いつまでたっても帰ってきません。30分すぎ、一時間が過ぎようかという時、妻は近所の酒屋さんに走り、いつも一緒に下校してくる子どもたちが通ったかどうかを確認しました。すると、「15時前に通った」ということで、事情を説明して息子を預かってもらい、今度は学校へと向かったのです。
 話を聞いた私は、教会に来ていた方々に一緒に祈ってくれるようにお願いし、自分は外に出ていきました。あたりを見回しながら、自分にできることは何もないことを知って、無力感と不安で押しつぶされそうでした。家に戻り、ただ祈ることを続けていました。
 しばらくすると、妻から電話が。「かえなちゃんは図書室にいて、『ウォーリーをさがせ』で遊んでた。」というのです。その瞬間、力が抜けました。
 どうやら、妻が図書室にボランティアに行く日を担任の先生が間違って覚えていたらしく、「図書室で待ってたら?」と娘に聞いたそうです。そんなこんなで、誘拐されたり、子どもを奪われた方々の気持ちがほんの少しだけわかった気がしました。そして、子どもと暮らす日々が、単なる日常ではなく、奇跡の積み重ねだということを実感できました。主は肉の家族、神の家族の大切さを教えたかったのでしょうね。

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