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2018-01-07
1月7日「今年も主に期待します!」

私たちの家族は、年始に必ず集まっています。今では少なくなったとはいえ、全員が出席すれば60名を超えるでしょう。今回も3日の夜に集まりました。
 家族みんなみんなで子どもを育て、仕事を共有するなど、大家族、共同体の姿を見せてもらいました。イスラエルの民も同じだな、と思いながら参加していました。同じ価値観を共有し、互いに家族として結びつき、自分よりも他の家のこと、人のことに気を遣う家の伝統。聖書に示されている主イエスの教えを知らずに実践している人々の姿を見ながら、何としても、その素晴らしい生き方を主によって肯定され、喜びをもって歩んでいただきたいと祈り求めてきました。
 娘と帰り支度をしている時、家の玄関に叔父(母の弟)が来ました。実家の隣りに住んでいて、弘前にも二度ほど来てくださった方です。色々とお話を伺いながら、所有する土地の話になった時、その方は言いました。「お前が川崎に戻ってくるなら、俺がもっている土地もあわせて、教会をやったらいい。」驚きでした。初めての話にびっくりするとともに、理解を得ている喜びと、福音が届きそうな感触に胸が熱くなりました。主がお呼びになれば、いつでも行きます!と。
…今は、まったく聞こえてきませんが(笑
 今年も主に期待します!

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2017-12-31
12月31日「チーム力による勝利」

今年は私にとっても、教会にとっても、特別な年でした。私にとっては、ミャンマーへの宣教旅行が大きな信仰の成長へとつながりました。教会としては、昨年から続けてきた「7つの本質」による教会形成が、徐々に根付いてきたことを実体験として見ることができたのではないかと思います。
 私が初めて西教会に来た時と変わらず、今もこの教会には聖霊が満ち溢れていて、素晴らしい方々がいます。これまでの信仰の歩みを肯定されながら、さらにそれを言語化することで、一人ひとりが日々に意識するようになったのだと思います。「関係」、「参加」、「能力付与」、「イエス中心」、「伝道と増殖」、「ネットワーク」、「適応可能な構造」という7つの本質は、それぞれが結びついていて、一つひとつを切り離すことができません。この本質によって歩む信仰生活は、おのずとチームであることを意識させられます。教会の、共同体としての結束力、チーム力、これが「ネットワーク」ですし、「関係」ですし、「参加」で、、、と切り離せないのです。
 クリスマスには洗礼式があり、素晴らしい礼拝がささげられ、チーム力による勝利を強く感じさせられる2017年の締めくくりでした。
 新しい年も栄光から栄光へと主と同じ姿に変えていただきましょう!

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2017-12-24
12月24日「ヨセフさん!僕のうちに来て!」

クリスマスになると、いつも思い出すアメリカの小さな村の出来事があります。
 その村の教会では、村の子どもたちによる生誕劇が毎年行われます。一人の発達障害の少年に何の役を割り当てたらいいのか、先生たちは悩みましたが、ついに宿屋に決まりました。宿屋の演技は「ダメだ、部屋はない」といって後ろの馬小屋を指差すだけ。その日から、猛特訓が始まりました。
 そして本番の日。子どもたちの素晴らしい演技と歌で劇が進み、いよいよベツレヘムの場面です。長旅で疲れ切ったヨセフと臨月のマリアが宿屋の扉をたたきます。すると、あの少年が出てきて言いました。「ダメだ!部屋はない!」そして、後ろの馬小屋を指差したのです。先生たちはガッツポーズ!大成功です。
 しかし、トボトボと馬小屋へ向かおうとするヨセフとマリアを見つめていた少年の目に、涙が溢れてきました。そして次の瞬間、大声で叫んだのです。「ヨセフさん!僕のうちに来て!」ヨセフとマリアを引っ張る少年を先生たちが引き離し、生誕劇はそこで終わりになりました。
 でも、教会から帰る人々は口々に言いました。「今までで一番素晴らしい、最高の生誕劇だったね。」
 メリー・クリスマス!

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2017-12-17
12月17日「捨てられた子どもたち」

アフリカのウガンダには、HIVや疫病、性の問題、汚職が蔓延しています。特に、女性に子どもが産まれると男性はどこかへ消え去り、経済力のない女性はまた別の男性と一緒になって、またその男性との間に子どもをもうけ、またしても男性は消え去るという連鎖を繰り返し、女性たちは苦渋の決断として、担いきれなくなった子どもたちを捨てるそうです。ウガンダのあちこちで、捨てられた子供たちの叫び声が、時には少年兵として、時には売春婦として、上がってくるのです。ウガンダの人々は信仰を持ち、時々教会に行く、という習慣はありますが、社会は腐敗しています。この問題は、私たちが目指す教会の方向性に示唆を与えてくれています。
 そのウガンダに、Watoto(スワヒリ語で「子どもたち」)という共同体があります。捨てられた子どもたちをリーダーとして育て、社会に戻し、国を変革することを目指しています。Watotoは教会ですが、村のようであり、家族のようであり、人を育てる教育機関でもあります。その共同体のアジア地区の責任者の方が訪ねてくれました。一緒に東奥義塾にお連れして、塾長とも良い交わりを持てました。
 ケニアのコイノニア同様、捨てられた一人の魂が蘇っていく物語は、まさに聖書の物語であり、十字架と復活の主の物語だと、考えさせられました。

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2017-11-26
11月26日「救いの神」

久しぶりに高校生たちに会いました。今回は試験前ということもあって、あまり宣教旅行の話はできませんでしたが、たくさんの質問が出てきました。
 質問に答える中で、見知らぬ国で暮らす人々の様子や、生活の違い、あり得ない体験など、話すたびに生徒たちの顔が笑いで満ち、もっと知りたいという意欲が溢れてくるのを感じました。しかし、ただの旅行記と違うのは、それが宣教旅行だということです。虫一匹殺してはならないという戒律の中で絶望し、この人生では救われないと諦めていた人々の魂に、主の十字架が光となって差し込んだのです。主の救いのメッセージを大胆に授業で語ることができるのは、本当に喜びです。
 若い彼らが問題に直面した時、人間の努力を超える力を必要とした時、どうにもならない罪の問題に打ちひしがれた時、人が人を救えない絶望を経験した時、主に立ち帰ってくれることを祈っています。
 今度の金曜日の授業では、写真を見せながら説明したいと思います。その中で、また罪の問題のこと、救いのことを話せればと願っています。信じてみたいと思う直前まで行っても、周囲を見渡して諦めることもあるでしょう。7つの本質の「関係」に生きることで、彼らが卒業しても関わり続けたいと思わされました。

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2017-10-29
10月29日「主を信じる喜び」

ロスアンゼルスで新しいビジネスを展開しようとされている女性がいます。その方は、今までご自分が積み上げてきたキャリアをすべて捨てて、ただ神の声に従って歩んでいます。20年近くにわたって成功してきたビジネスに執着することなく、何の保証もない新しい歩みを始める姿は、まさに現代のアブラハムのようです。
 その彼女から電話があり、「先生、新しいビジネスに車のオークションライセンスが必要なんです。でも、ずっと手に入らなくて、持っている人とも何故か出会うチャンスが与えられません。祈っていただこうと思ってお電話しました。」ということでした。しかし彼女は言いました。「でも先生、私、必ず神様が助けてくださると信じているんです。だって、今までもそうだったから。今回も、こうして自分なりに努力していても叶わないのは、神様の計画された時があるからですよね。」
 次の日、私のもとに一通のメールが入っていました。そこには、「先生!オークションライセンスを持っている人を見つけました!」と、神を信頼した結果、与えられた喜びの報告がありました。
 「みんな神様のことを信じればいいのに」彼女は神とともに歩む素晴らしい人生のただ中です。その方を通して働かれる主は、たしかに生きておられます。

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2017-10-22
10月22日「本質に生きる教会をめざして」

20日の金曜日、香港のジョーダン先生ご夫妻が北海道から岩手に向かう中で、弘前に立ち寄ってくださいました。先生は7つの本質の教会形成とコーチングネットワークの働きに1997年から携わっている方です。いわば、私たちの学んでいるコーチングセミナーの大先輩なわけです。
 この20年間、先生の教会は本質に生きる教会になってから大きく変わったと教えて下さいました。1997年以前にも、100人のメンバーが集まる教会として成長を続けてきましたが、閉塞感と疲労感の中で、これでいいのだろうか、と自問する日々だったそうです。しかし、一人ひとりが聖霊に聞き、自らの使命に生きるようにコーチングを通して成長する教会を求めていく。そんな初代教会の姿を追い求めるベンジャミン・ウォン先生の価値観と一致し、主に従ってかじを切ったそうです。
 今、ジョーダン先生の教会は500人のメンバーが集まる教会になったそうです。でも、数が増えるよりも、もっと嬉しいのは一人ひとりが主に直接つながって、主とともに人生を楽しんでいる姿に出会うことだとおっしゃっていました。
 来年、弘前に。とビジョンを語ってくださいました。主の時が動き始めています。この聖霊の流れに乗りませんか?

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2017-10-15
10月15日「チームで勝利・結実」

先月、関西聖書神学校でジーザス・コーチングを学んできましたが、その哲学は、①主のみこころはベスト、②みこころに参加するなら、主が助けてくださる、③みこころはチームで成る。という三本柱でした。
 今回、ある姉妹が洗礼を決意されたことを伺って、教会全体が喜びで満たされています。さらに、その経緯を知った時、まさにコーチングセミナーを通して学んできたことを、主がこのように見せてくださったのだと感じました。
 兄弟姉妹がチームになって、それぞれが主に聞いてみこころを求め、そのベストに歩みました。まず、このことのために、ある姉妹が犠牲を払って、毎週のように教会の送り迎えと交わりを持ちました。そして、神の国の交わりに、チームで参加しました。それは、教会の行事に参加するのではなく、主のみこころである「人を救う」というご計画に参加したのです。これは7つの本質の「参加」と「関係」、そして教会の使命である「伝道と増殖」にあたるものです。
 主のみこころを歩む時、戦いはあったと思います。しかし同時に、主が助けてくださったのだと思います。そして、チームで勝ち取りました。信頼して任せた弟子たちが、チームで実を結んだことを、主は誰よりもお喜びだろうと思います。ハレルヤ!

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2017-10-01
10月1日「本当の教会の姿を見る」

第五回の青森コーチングセミナーは、本当に祝福された素晴らしい時となりました。感動が溢れ、解放があり、癒やしがありました。そして、終始笑いがたえず、喜びに満ちていました。セミナーが終わってからも、その余韻は心に残り、聖霊に満たされていることを感じる一週間でした。
 セミナーが終わった日の夜、富士見教会の石田先生からメールがありました。「弘前西教会の方々と同じグループに分かれた時、ご家族のために祈り、主のみ声を聞こうと悩んでおられる方々を見ました。私もその救いの実が見たいと思わされました。私にできることがあれば、何でもおっしゃってください」
 石田先生は若者に対する重荷をもって祈りながら仕えている方です。小さな子どもから、青年まで、彼が協力してくれるというのなら、私たちにとってどれほどの力となることでしょうか。人々がキリストに出会って変えられ、輝いて成長していく姿を見たい。弟子が弟子を育てていく教会の姿を見てみたい。その思いは教派教団を超えて共通です。セミナーの中で、主は私たちに見せたかった本当の教会の姿を見せてくださったのです。
 一人の人の救いのために、国や地域や思想を超えて、みんなが一致して祈り合う姿は、まさに神の国でした。

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2017-09-24
9月24日「すべての栄光は主にあれ!」

「信徒の友」9月号に掲載された私の記事を、多くの方にお読みいただき、日本中から励ましのお声をかけていただきました。特に、恩師の福沢満雄先生が記事をお読みになってお便りをくださったのには感激しました。
 「日光オリーブの里の聖会の時に、恵みの座に出た敬くんとお祈りしたのが懐かしく思い出されます。ハワイでの父の学校の時は、コンドミニアムに二人で泊まり、毎朝、毎晩二人でお祈りしました。三日目の夜、敬くんは大声で泣きながら今日までの罪を告白し、悔い改めのお祈りをしたのです。その内容を聞いて、驚きました。そこに十字架のイエス様がおられました。聖霊様が敬くんと共にひれ伏して、言い難き嘆きをもって共に祈ってくださっていました。その夜のことは今まで誰にも話していませんでした。
 しかし、今回の敬くんの証しを読んで胸を打たれました。勝利宣言のようでした。ハレルヤ!涙が溢れました。すべての栄光は主にあれ!」
 手紙の最後に、「安心してバトンタッチできます」との言葉を見つけた時、涙が止まりませんでした。でも、ヨシュアがモーセ亡きあと、信仰によって大胆に前進し、勝利していったように、私にもその信仰をくださいと、何度も主に祈りました。
 涙のあとに、清々しい御霊の風が吹き抜けました。

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2017-09-03
9月3日「キリストの香り」

聖書の授業の中で、天に帰られた弘前教会の秋葉さんの話をしました。あすなろ荘で、毎日顔を合わせて色々とお話を聞かせてくださった尊敬するクリスチャンです。今だから言えますが、高齢者の施設入所者であり、90歳を超えていた秋葉さんがケンタッキーの話を嬉しそうにしていたのを聞いて、要望通りのケンタッキーとコーラを持参し、一緒に隠れて食べたのも本当に思い出深いです。
 科学者だった秋葉さんは言っていました。「私たち科学者は、机上では完全なものを作り上げるのです。でも、それを実際に操作するのは人間です。そうなると、必ず致命的なミスが生まれるんです。」
 この言葉は、神に似せられた人間の素晴らしさを語りながら、同時に人間の罪の深さを徹底的に浮き彫りにする聖書の言葉のようでした。秋葉さんは、崇高な理想が、現実にはならないことに打ちのめされて、まことの神に立ち返ったのです。
 秋葉さんの話をしながら、義塾の生徒たちの顔を見ていると、神を信じ、人々をキリストに導くために神が選ばれた方々の顔に見えてきました。秋葉さんがケンタッキーの強い匂いではなく、キリストの香りを漂わせていたように、彼らもやがてキリストの香りを漂わせてくれると信じています。

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2017-08-27
8月27日「適応可能な構造」の理解

先週の月曜日から火曜日まで、北西地区の牧師たちが一同に介して、寝食を共にし、これからの教会のこと、地区のことを語り合いました。
 なかでも、各委員会の働きの話になった時、ほとんどの牧師から「もっと信徒に参加してもらおう」という意見が出されました。そして、一教会ごとに「参加してくれそうな方はいますか?」と地区長が聞いて回りました。「声をかけてみるけど難しい」「ちょっと無理だと思う」といった方々に続き、「弘前西教会は?」と聞かれましたので、「今の組織に新しい人を入れることはできません。でも、新しい人から新しい組織を考えていくのなら、声をかけてみたい方はいます。」と発言しました。すると、弘前南教会の松村先生が「これからの教会はそれだよ。これまでのやり方は全部捨てるくらいで望まないといけない。」と賛同してくださいました。また、その声につられて、すべての牧師が「その方向で行きましょう」と「信徒中心の教会と地区へ」という方向性で全会一致しました。
 7つの本質を学び始めてから、私自身が大きく変えられてきているのを感じます。今回のことは本質における「適応可能な構造」の理解です。この学びが自分やこの教会だけでなく、地区や教区、日本から世界に拡がっていくことを感じた出来事でした。

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2017-08-20
8月20日「家庭の平和こそ世界平和の礎」

先週は教会の行事もお休みで、一家揃って浪岡に泊まりました。家族として、共に喜び、楽しめることの幸せを感じていました。さらに、父が来訪する予定だったので、どんな食事をしようかと、妻と相談していたとき、インターネットの力を借りようとして検索ワードに「家族団らん」と打ち込むと、候補に現れたのは、まったく予想していなかった言葉でした。それは「家族団らん、気持ち悪い」という言葉でした。そして、その検索件数は、「家族団らん」自体の検索件数の約半数に達していました。
 8月は戦争を覚え、平和を祈る月ですが、家庭の平和こそが世界平和の基礎となることが忘れ去られているような気がします。今、多くの家庭は各人が自由という名のもとに分裂し、戦争状態にあるようです。しかし、それは今に始まったことではありません。神は人を創造し、アダムとエバに家庭を築かせ、神の国の平和を委ねました。しかし、彼らは神に背き、家庭は崩壊し、世界は堕落していったのです。
 この罪の連鎖を断ち切るすべを知っている私たちは本当に幸せだと心から思えました。自分も罪が招く家庭崩壊という危うさの上に立っていることを感じつつ、だからこそ、平和の君である主に依り頼む必要を感じました。

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2017-08-13
8月13日「聖書の薫りある・日本国憲法」

先週の日曜日は、「平和聖日」でしたので、日本国憲法前文を抜粋ですが載せることとします。
 「日本国憲法は、…われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。…われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
 日本国民は、恒久の平和を念願し、人類相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、我らの安全と生存を保持相と決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。 われらは、いずれの国家も、自国のことのみに専念して他国のことを無視してはならないのであって~。 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。」と!聖書の薫りがここには在る。

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2017-08-06
8月6日「主にある平和と自由に感謝」

先週の祈祷会には、大船渡教会の村谷正人先生と妻の志保さん、英恵ちゃんと晴也くんが休暇で訪れてくれました。志保さんは「やっぱり母教会っていいですよね〜」と語ってくれました。包み隠さず、本心で語ってくださる姿を見ていると、「真心をもって」(使徒2:46)集まっていた初代教会の人々の姿と重なりました。真心(Sincere Hearts)のSinは「〜なし」、Cereは「ワックス」で、古代ギリシャの貴重な彫刻には、偽造された彫刻にあったワックスがなかったことから、偽らないことを意味するようになったとか。
 先月LAに引っ越した女性が言いました。「離れたばかりの母教会が忘れられません。」はじめて主の救いを経験したり、交わりを通して主の栄光を配した仲間がいる教会は、何にも代えがたいものです。思えば、私も川崎の教会に戻ったとき、偽らない自分でいられることが本当に嬉しかったのを覚えています。
 8年前の今頃、はじめて西教会にお邪魔した時に感じたのも、まさにワックスなしでOKの、聖霊が働かられている自由さではなかったかな、と思います。そんな素晴らしい教会で、神と人とにお仕えできるのは本当に幸せです。水遊びではしゃぐ娘達を見ながら、「幸せですね」と口にすると、「本当にそうだよ」と村谷先生が返してくれました。主の平和に感謝です。

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2017-07-30
7月30日「喜びの種が蒔かれた」

木曜日、娘の幼稚園のお友だちがたくさん来てくれました。そして、教会の駐車場でプールを広げて、みんなで水遊びをしました。子どもたちは学校や幼稚園が夏休みお休みになって、どうせ家で一日中相手をしなければならないのだったら、みんなで集まろうと、お母さんたちが子どもたちを連れて公園に集まり、その後、教会にやってきたのです。水遊びの後には、みんなで昼ごはんを食べました。それからも遊び続け、夕方まで教会で遊んでいきました。とても楽しかった上に、お母さんたちは、日々の子育てから少しだけ解放されて、ゆっくりした時間を過ごせたようです。
 そこでは、聖書の言葉やキリストの福音が語られませんでしたので、以前の私であれば語れなかったことを悔いて落ち込んでいたかもしれません。しかし、七つの本質を学んでから、伝道の意味を理解したので、関係づくりができているのだ、と嬉しい気持ちになりました。「語るべき時はかならず与えられる。まして、教会に来てくれたじゃないか。あんなに楽しそうだったじゃないか。」と、「喜んでいなさい」という主の命令の通り、喜びに焦点を合わせると、何と恵みの多いことかと気付かされます。
 みんなと一緒になってはしゃぎ、楽しそうにしている子どもたちを見ながら、きちんと種が蒔かれていることを実感できた一日でした。

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2017-07-23
7月23日「輝く義塾生、熱い義塾祭」

先週の金曜日、娘の幼稚園で夕方から夕涼み会があるので、通常保育はおやすみでした。家族みんなで東奥義塾の義塾祭に参加しました。
 コルドウェル・ジョン塾長の「この二日間は勉強しなくてもいい。義塾生であること、高校生であることをおもいっきり喜んでください」というあいさつに、大きな歓声が上がり、義塾祭が幕を開けました。また、「我らが誇る塾長先生!」と、生徒たちから大きな信頼が寄せられているのを見せていただき、本当に素晴らしい働きをされているのだと深く感動いたしました。
 家族で校内を回りながら、たくさんの生徒の方々に声をかけられ、親しく接してくださり、「ウッシー!焼きそば買って!」、「コロッケ買って!」、「焼肉丼は?」と激しく勧誘され、なかば押し売り的に炭水化物を多めに摂取しました。
 この学校は、本当に素晴らしい伝統と聖書に根付いた絶対的な価値観を守り抜いてきた津軽の宝だと思います。そして、そこにいる生徒の方々や父兄の方々も同じく代えがたい宝です。中庭のベンチに座りながら、行き交う生徒たちを眺め、一人ひとりの輝きに圧倒されていました。この日、太陽の輝きにも圧倒されました。36度!暑い、熱い義塾祭でした。

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2017-07-16
7月16日「Zawameki・賛美礼拝」

”主の愛が今、あなたを包む。打たれた傷もいやされる。傷ついた主の愛の手が動き、あなたの上にとどまる。全能の主の愛の手が包み、あなたの心をいやされる。”
 先週の水曜日、Zawameki(ざわめき)の滝本開(ひらく)先生と妻の典子さんがコンサートを開いてくださいました。滝本先生のお父様である明先生が開拓した愛知県の新城市にある新城教会は、礼拝出席が300名を超える日本を代表する教会の一つです。そこで育った開先生は、お兄様の順先生や仲間たちのバンドに触発されて楽器を始めたものの、賛美リードくらいだったと言います。
 ある時、「悪魔に奪われた音楽の領域を賛美によって取り戻すように」と神に示され、Zawamekiが始動しますが、曲や詞が出てこなかったといいます。しかし、当時2歳になる息子さんが、突然「曲と詞が降りてきた」と言いだしたそうです。詳しく聞きながら曲が作られました。それは「イエスを通らなければ天国に行けない」という内容だったそうです。その後、先生ご夫妻にも次々に曲と詞が降り注ぐようになったそうです。
 賛美の中に住まわれる主、という御言葉通り、まさに主から与えられた賛美なのだと感じました。

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2017-07-01
7月2日「コーチングの学び」

先日、二回目のコーチングを受けました。前回の振り返りから始まって、今回も色々な気づきが与えられました。「先生が動き出したら、色々と動き出してきたね。」コーチからかけられた言葉は本当だなと思いました。
 関西聖書神学校での学びをはじめとして、様々なことについてアクションをするようにと、コーチングの中で示されました。同様に、先週はNHKの講座もありましたが、不信仰なことに、誰も来ないことを祈ったりしていましたが、逆に受講者の方が与えられました。これも、主の導きだと強く感じています。
 また、音楽の話を喜々として伝える私の声を聞いて、コーチが「何だかワクワクしているね」と言ってくれました。その時、私が幼少時から音楽が大好きであったこと、それが主に用いられる日が来るのかもしれない、という期待でいっぱいになりました。
 コーチングは本当にいいものだと心から思います。今まで教会でも知らず知らずにやってきたことだと思います。しかし、こうして専門的な技術を取り入れていくことで、より一層神の国に参加している喜びに出会います。他の人のために、自分もコーチングを学びはじめてよかったと思える日が来ることを確信しています。

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2017-06-25
6月25日「主の復活の証人」

祈祷会では、マルコによる福音書を通読し、次に使徒言行録に入っています。福音書の中で最も早く書かれたとされるマルコの福音書は、マタイやルカなどからも参考にされた福音書であり、まだ主に直接お会いした人々が生きている時期に書かれたものです。私たちはそこから主の公生涯を見渡して、十字架と復活を分かち合った後、使徒たちが聖霊に満たされて変えられていく使徒言行録へと入っていきました。
 使徒の働きを読み進めていくと、聖霊の働きの時代として共通の時代を生きているという、使徒たちへの共感も含めて、本当に励まされます。また、参加してくださっているお一人おひとりの証しが本当に素晴らしいのです。
 「私たちはそのこと(復活)の証人です。」とペトロが最初の説教で語ったように、クリスチャンは誰しもが主の復活の証人です。そして、「私たちを見なさい」とペトロとヨハネが告げたように、その生活そのものが証しなのだと気付かされました。主との素晴らしい体験が与えられる時もあれば、そうでない時もある。証人とは、主にすがって生きる姿を見てもらうことなのかな、と他の方々の証を伺いながら感じています。 私にとって、今の祈祷会の時間は本当に満たされる時間となっています。感謝!

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