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2019-08-25
8月25日「驚くべき主の御業」

金曜日、弘前シオン教会でGospel Celebration Network(GCN)の祈り会が持たれました。青森県の超教派のネットワークです。
 それぞれの教会の先生方から、素晴らしい証を伺いました。平川市の平川福音キリスト教会では、教会でゴスペルを学んでいる人たちが自主的にコンサートを開きましたが、観客はクワイアのご家族だけ。しかし、そこで主イエスを受け入れ、ご家族で救われるという奇蹟が起こったこと。
 青森バプテスト教会では、むつ市の礼拝で、救われる人の数が多すぎて、教会のリーダーが疲れ切ってしまったこと。
 ジョイフルチャペルでは、3つの精神的な病を抱える青年が、「僕も神の子になる」と宣言した後、まったく別人のようになったこと。
 私たちの教会で起こっている驚くべき主の御業についても証しさせていただきました。
 そして、それぞれの教会の一人ひとりの課題をあげて、共に祈り合いました。異言で祈る人たちもいれば、静かに目を閉じている人もいる。ひたすら主に祈り求め、叫んでいる人もいる。方法は違えど、すべての人が、一致していました。
 本質による一致。主が青森にしてくださることの大きさに期待せずにはいられません。

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2019-08-18
8月18日「神と神の家族」

先週、アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団の東北サマーキャンプに娘と二人で参加してきました。春に続き、二回目です。まず、受付のところに座っていると、ドアを開けて中学生や高校生、大学生の若者たちが入ってきました。前回お会いした方々です。こちらからあいさつをしていると、小学5年生の伶ちゃんが入ってきました。娘はこの子に会いたかったのです。
 伶ちゃんはすぐに娘を見つけると、「久しぶり!会いたかったよ」と寄ってきてくれました。それから、食事の時、入浴の時など、いつも部屋に来てくれて、娘と遊んでくれました。また、キッズの集会では、伶ちゃんが考えた工作をみんなに教えながら一緒に作るため、リーダーの役割を担っていました。
 アイスを買おうとしている娘に、お金の使い方や献金についての考え方まで優しく教えているのを見て、大きな感動を与えられました。自分の子どもに教えるのは自分、と鼻息の荒かった、しかし、それでいて力不足の私は、目の醒めるような思いでした。宣教と同じように、子育てもチームですること。主から教えられたような気がしました。
 親と子、二人で神と神の家族から、たくさんの良い学びを与えられた三日間でした。

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2019-07-28
7月28日「家族と共にの宣教旅行」

24日の水曜日、男鹿半島の湯本でもたれている男鹿教会の家庭集会でメッセージをしました。現在、湯本には子どもが一人もいないそうです。ですから、私たちが家族でお邪魔すると、とてつもない歓迎を受けました。まるでお正月のように、子どもたちは参加者の方々からお小遣いを頂戴し、アイスクリームをもらって上機嫌でした。
 礼拝が始まり、御言葉を取次いで、自分自身の救いと召命の証をしました。何名かの方々は涙を流し、無理をおして参加された求道者の方は、「今つらいことが起こっています。でも、メッセージを聞いて、今日来た意味がわかった」と話してくれました。その方のお姉さんはすでにクリスチャンで、「この子もすぐに洗礼を受けると信じています」と妹さんの方を見ながら、こちらに伝えてくれました。
 次の日、秋田コーチングのフォローアップ集会では、二十数名の参加者全員で、御言葉の実践を励まし合いました。証であふれる素晴らしい集会になりました。
 今回、はじめて家族で宣教旅行に行きました。教会を励まし、家族と遊び、愛し合い、人々とともに泣き笑い、楽しんだ素晴らしい一時でした。
 「また行きたい!」子どもたちのその言葉が、そのことを実感として教えてくれています。

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2019-07-21
7月21日「聖霊の働きー神の家族の一致」

7月7日の礼拝に、二人の方が不在でした。佐藤知恵さんと鈴木良子さんです。このお二人が不在だった理由は、キリスト聖協団弘前富士見教会の礼拝に参加していたからです。他の教会の方々と一緒に主を賛美する機会に、自ら手を挙げて決断したのです。
 また、お二人は午後にもたれた富士見教会の信徒研修で、「伝道」をテーマに証をされました。私は途中から参加しましたが、聖霊に満たされ、確信を持って語るお二人の証を聞いて感動し、涙が溢れてきました。もちろん、その場にいた方々も本当に嬉しそうに聞き入っていました。
 「いつもは残らないのですが、神様に『今日は残るように』と言われたような気がして、参加しました。その意味が分かりました。」と喜ぶ方の姿があり、その方は次の日に鈴木さんのお宅を訪れ、ともに祈るときを持ち、癒しの祈りの中で解放されたということを伺いました。
 もともと、主が建てあげたかった教会は世界に一つだったはずです。教派、伝統といった人間の歴史の素晴らしさを超えて、聖霊の導きによる神の家族の一致が進んでいる。そのことが目に見える形で目の前に繰り広げられています。
 引き続き、主が見せてくださる景色に期待せずにはいられません。

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2019-07-14
7月14日 「どれだけの愛を込めましたか?」

読んでいたはずなのに、御言葉が素通りしている自分がいることに気付く日々です。関心のあることのみを引き寄せ、出来事を呼び込んでいる自分がいます。赤面の至りです。
 コヘレトの言葉7章29節「ただし見よ、見いだしたことがある。神は人間をまっすぐに造られたが 人間は複雑な考えをしたがる、ということ。」前の方の文は知っているのに、今、初めて出会ったのです。「本当にその通り」、合点がいきました。
 もっともらしいことは、もっともではないのです。主は、真実は単純です。
 エリザベス・ノーベルの「少し」の詩です。「砂糖をほんの少し入れるだけで、料理の味を変えることができます。石鹸をほんの少し入れるだけで、体をきれいにすることが出来ます。~今日という一日に、感謝という調味料をほんの少し入れるだけでわたしたちの世界は変わります。~」
 「どれだけ多くのことをしたかではありません。どれだけの愛をこめたかです。」のマザーの言葉が心に浮かびます。大きなことも小さなこともないと知ります。問われているのは、自分が人々と、事柄とどのように出会っているのかなのです。
 「愛がなければ無に等しい」のみ言葉が響きます。「今、どこにいますか?」、の声が聞こえます!

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2019-07-07
7月7日「再会、北海道の地にて」

先週、北海道に行くことができました。小樽では、昨年来てくださったイッピー!の子どもたち、青年たちと、教会の方々にお会いし、メッセージをする機会が与えられました。礼拝では、皆で主を力いっぱい賛美し、共に御言葉の真実に触れることができました。
 また、礼拝には小樽に引っ越されたご夫妻と再会し、とても美味しい蕎麦をごちそうになり、ご自宅に招かれて、ご主人の美声をバックに素晴らしい時を過ごしました。また、昨年度で義塾を退職なさって、北海道でご結婚された方も一緒でした。
 次の日、刑務所教誨師の研修で札幌に行くと、全国から集まった教誨師の先生方と一年ぶりに再会しました。夜は同志社時代の仲間と再会し、共に意見を交換しながら、夜中近くまで語り合いました。
 今回の北海道行きは、良き学びとなったことは当然として、多くの再会が与えられた時となりました。そこから新しい道が開けていきそうな、そんな希望を持つことができました。
 一つ残念だったことは、西教会にいらしてくださったスティーブン先生の素晴らしいメッセージを生で聞くことができなかったことです。しかし、主がきっと次を用意してくださると信じています。今回の再会の旅路があったように。

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2019-06-30
6月30日「今、新しいことが、この地に起こる」

先週の月曜日、キリスト聖協団・弘前富士見教会の大久保先生ご夫妻と、副牧師である張先生ご夫妻とお会いする機会が与えられました。今後の両教会の結びつきについて、素晴らしい話し合いが持たれました。
 教会の中に起こる様々な出来事を、教派教団を超えて共に祈り合い、実際に交流していくことは、これまではイベントを通しての一時的な関係性、もしくは牧師間のみに限定されていました。しかし、今回は「弘前西教会で持たれているコーチングの学びや、一人ひとりの証が素晴らしかったので、ぜひ次のコーチングに教会の方々と一緒に参加させてほしい」というご提案をいただきました。そのことを伺った時、聖霊の語りかけが聞こえてきました。「来てもらうのではなく、出かけていきなさい。」そこで、お伝えしました。「私たちの教会から、誰かが富士見教会の礼拝に参加し、証をする機会をいただくというのはいかがでしょうか?」
 神の声がもたらしたこの提案に、私たちは興奮していました。口を開いたのは私でしたが、私自身も興奮していました。
 主はすべての信仰者を一致させ、新しいことをこの地になそうとされている。そのことを強く感じる時となりました。

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2019-06-23
6月23日「キリストの自由」

先週の夜の祈祷会で、信仰がもたらす「自由」について意見が交わされました。教会がイエス中心ではなく人間中心になり、信仰が「方法」に切り替わっていくことの危険性と、不自由さが分かち合われました。これは、初代教会も直面した問題でした。(使徒8:4〜25,19:11〜20)
 重い病の中でさえ、感謝にあふれている方にお愛した時、その方が言いました。「この感謝は、神様に言わせてもらっているんです。」
 信仰とは、努力して水を押して川にすることではなく、そこに聖霊のいのちの川があることを知り、その流れに乗っていくことです。その川が行き先を教えてくれるでしょう。その川の中にいれば、平安があります。川の流れは自由です。
 考えてみれば、最初に信仰が与えられた時、私がした努力といえば、すべてを明け渡して人生を再設計していただこうと、キリストに白旗を上げたことくらいです。でも、それで良かったと思っていますし、それが良かったのでしょう。そこには何事にも縛られない自由がありました。これが救われるということだという確信がありました。
 「本質における一致、行動における自由、あらゆることにおける信頼」という初代教会の姿を追い求めていきたいと、再び熱くされました。

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2019-06-16
6月16日「主の愛と恵み:宣教」

水曜日、深浦のめぐみこども園に招かれて、子育て真っ最中の親御さんたちと学びの時を持ちました。私が講師でしたが、同じ悩みを共有する仲間として、共に励まし合う時を持つことができました。
 何が一番大変ですか?子育てだけでなく、家族からも解放されたとしたら、どんなことをしたいですか?家族以外の方々で、あなたの助けになってくれる人はいますか?このような質問をしながら、一つひとつのご意見を拾い、様々な悩みとたくさんの笑いを共有しました。
 子育てをする母、働く女性、家事に追われる毎日。そのような役割がその人を決めるのではありません。まず、一人の人として、その方が神に愛されている大切な自分と出会うことができるように、主イエスの十字架の恵みについて分かち合いました。
 子どもは親を反映する鏡だと言われます。そうであるならば、まず親が自己肯定感を持たなければ、子どもが自己肯定感を高めることはできません。そして、私は子育ての専門家ではありません。「わたしには金や銀はないが、持っているものをあげよう。ナザレの人イエス・キリストの名によって立ち上がり、歩きなさい。」(使徒3:6)
 永遠に変わることのない主の愛を宣教できたことを感謝します。

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2019-06-09
6月9日「聖霊のバプテスマ」

青森コーチングは素晴らしい祝福の時となりました。特に、二日目の朝、青森バプテスト教会の角本先生が語られた証は、その場にいたすべての人の心を打ち、霊に満たされる体験がありました。
 今回もテーマは「イエス中心」でしたが、教会が組織中心、人間中心になった時、そこに主の居場所はなく、人々は傷つきました。北九州の教会が人間中心になった時、角本先生ご夫妻は精神を病み、聖書を読むことをやめ、教会に行くことをやめ、献身の思いを捨てて、みかん農家になりました。
 しかし、主は聖霊を降し、人々を燃え上がらせたペンテコステの日と同じように、角本先生ご夫妻を再び立ち上がらせ、故郷の青森で現在3つ目の教会を開拓するほどまでに用いておられます。
 いつの時代も教会は聖霊のバプテスマと共に歩んできました。燃え上がるようなリバイバルも、大覚醒運動も、すべてが主の約束である聖霊バプテスマによる体験的なものでした。
 今、日本の各地で聖霊によって導かれ、新たな教会共同体が誕生しています。私たちは、この時代に主が計画されていることを見る特権を頂いているのです。
 聖霊のバプテスマを受けたい!そう思わされる教会誕生の証でした。

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2019-05-26
5月26日「私たちも神を信じたい!」

いつものように、月一回の刑務所教誨師の働きで所内に入り、クラスの教室に向かいました。部屋に入ると、担当の職員が言いました。「先生、はじめる前に、この二人が話があるそうです。」私は思いました。「お〜こわ!何を言われるんだろう。もっとこうして欲しい?つまらない?一体なんだろう?」
 お一人の方が口を開きました。「先月、はじめて先生から神の話を聞いて、先生がどのように歩んできたかを知りました。クラスが終わったあと、すぐにでも信じたいと思い、同じ作業場のこいつ(横にいた方)に話したんです。そしたら、こいつも同じことを考えていたんです。」横の方が口を開きました。「先生が歩んできた道と俺達の歩んできた道がほとんど同じなんです。だから、私たちも神を信じたいんです。そして、やり直したいんです。」
 何と嬉しいことでしょうか。その場で主を賛美しました。そして、その決断を大きく喜び、励ましました。彼らの決断は、その心の願いを実現することになるでしょう。すなわち、神の愛を知り、信じてその助けを求め、「やり直す」ということです。
 刑務所に通い始めて7月で一年になります。多くの方々の祈りに支えられてここまで来れました。そして今、そのお一人おひとりの愛と救いを願う祈りが実を結ぼうとしています。

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2019-05-19
5月19日「若者による新しい教会が」

高校生のための集会を定期的に持つにあたり、ジェームス先生と祈ってきましたが、もう一人の仲間を主が与えてくださいました。福音を伝えるために、日本人になりたい、と願うアメリカ人です。ジェームス先生が青森のために人生をささげているのと同様に、このスティーブン先生も日本のために情熱を持っておられる方です。普段は聖愛中高の英語教師としてお働きですが、彼が来てから聖愛のYWCAは10人を超えているようです。来た当初は0人だったのに!
 このような素晴らしい方々を主がこの国、この地域に与えてくださっていることを感謝します。私たちは、この集会が単なる集会維持のための集会とならず、セルとなり、教会となっていくことを期待しています。この地域に若者による新しい教会ができる。それは本当に主のみ心だと信じています。
 かつて、この地に神を信じる若者たちが起こされ、彼らから学校が生み出されていったように、今、その学校から新しい教会ができるとしたら、何と素晴らしいことでしょうか。主が何をご計画し、導いてくださるのか、み声を聞きながら、共に歩んでまいりたいです。
 6月には、スティーブン先生が教会でメッセージをしてくださいます。今から楽しみです!

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2019-05-05
5月5日「目標」「ゴール

連休を利用して、父が弘前に来てくれました。浪岡で石川牧師夫妻や家族と食事を共にしながら、そして車の中でも、「目標」「ゴール」という言葉がたくさん出ていました。
 父は新入生を対象とした講義で、常にゴールを意識してきた人たちの人生にスポットライトを当てて、大学生活の中で、また人生の中で使命と目標とを見つけることができるようにと励ましているようです。そのために必要な例話をたくさん教えてくれました。
 私自身も、コーチング・ネットワークに関わり、人を育てる主の方法が「良い質問者」になることであることを学びました。助言をしたり、誘導したりするのではなく、その人の中にもともとあるものを引き出す方法です。主はすべての人に使命があり、大切な人であって、そのことを自ら気づくことができると信頼しておられました。もちろん、ご自身も十字架と復活という使命があり、明確なゴールが分かっている人は、「この世界のすべてを与えようという」悪魔の誘惑をも退けられました。
 先日、青森コーチングで「人生の終わりに何を見たいか」という質問を皆で分かち合いました。終わりから今を考える。これが本当の終活であり、それは葬儀のことなどではなく、若い頃からすでに始まっている人生設計なのだと気付かされました。

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2019-04-28
4月28日「この岩の上に教会を建てる」

今回、私たちの教会から、津軽地区の教会共同体のために、誠実で信仰深く、計算も苦手ではない会計の担い手、木田さんを主が備えてくださいました。
 先日、八甲田伝道所の今後のことを話し合うための特別委員会が現地でもたれましたが、そこに木田さんが参加されました。戻ってきて感想を伺うと、「素晴らしい場所で、希望がある!」と力強くおっしゃいました。このことからも、素晴らしい信仰をお持ちだということがわかります。私は八甲田の件を地区委員会で話し合う中で、ネガティブなことばかり思い描いてしまいましたが、その希望の言葉を伺って、我に返りました。
 あの時、ボロボロだった浪岡伝道所は、このままでは終わりだという直前まで話し合われていました。しかし、ただ信仰をもって、石川牧師夫妻と私たち弘前西教会の方々が手を上げて、お一人の礼拝出席者だったところが、今では新しい方も加えられながら、新会堂への移転、借入金の完済へと導かれたのです。
 「あそこなら絶対にいい釣り場もある!」ご自分の趣味と重ねながら、楽しそうに話す木田さんの信仰に励まされました。
 主は教会を閉じたいのではなく、「この岩の上に教会を建てる」のです。私はその約束の実現を見せていただく特等席にいることを忘れていました。

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2019-04-21
4月21日「主がつなげてくださる出会い」

先日、ジェームス先生ご家族が教会を訪問してくださいました。子どもたちが牧師館で私たちの家族と遊んでいる間に、私たち二人は5月に始まる高校生向けの集会を定期的なものにできるようにと、共に話し合い、祈りの時を持ちました。
 ジェームス先生は三沢から遠路、弘前でやりなさいというビジョンが与えられ、私は若い人たちと新しい教会を開拓する、というビジョンを与えられていました。その二人が出会い、今回のことがあるのです。  互いに話し合ってみると、昔からの友のようです。教会形成に関する理想は合致し、本来の教会のあり方に戻っていきたいという思いは本物でした。さらに、先生の主に対する情熱と、若者たちに対する愛が力強く私の心に迫ってきました。主がつなげてくださる出会いは本当に素晴らしいものです。
 金曜日、義塾に行くと一人の学生を紹介されました。その方は毎週教会に来ると言ってくれたのです。実は、その学生のお父さんは、かつて西教会に来ていた方だったのです。今後三年間、彼は西教会に来ることになるでしょう。これは、主が高校生へのビジョンをくださってから、最初の実りです。
 さあ、次は何が起こるのか。主は何をご計画されているのか、その景色を見せていただきたくて、ますます主の導きを求める日々です。

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2019-04-14
4月14日「主が準備されている良いもの」

新年度が始まりました。今年は日本も新しい元号になる年です。「令和」という元号に対して、様々な意見が寄せられていますが、祈祷会である方が言いました。「わたしが考えた新しい元号は『栄主』です!」
「それ採用!」と、みんなで大笑いしました。
 新しい一年も、私たちを愛し、共にいてくださる方の栄光が、それぞれの人生に現される一年となることでしょう。
 5月4日、東京のHiba(高校生伝道団体)からスタッフが8名ほどいらして、それを皮切りに定期的に集会が持たれます。それだけでも嬉しいことなのですが、「サポートしたい」と願い出てくれる青年たちが与えられています。また、参加者も加えられ始めています。次世代のリーダーたちへ、主がビジョンを与え、それぞれの人生をますます輝かせてくださると確信し、期待しています。
 また、シューミン・クォン牧師が再び来日し、御国の弟子訓練についての学びが東京で開かれます。そこに、手を上げて参加を希望されている宣教チームがいます。派遣される方々の学びが祝福されることは間違いないでしょう。
 現時点で分かっていることだけでも、挙げていけばキリがありません。さらに、主が準備されている良いものが、私たちを日々新しくしてくださるでしょう。

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2019-03-31
3月31日「神の家族としての一致」

先週の月曜日から水曜日まで、岩手山青少年交流センターで行われた東北スプリングキャンプに参加してきました。これはアッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団の東北教区が主催する次世代の若者たちのキャンプです。中学生以下のキッズと中学生以上のユースに別れて様々なイベントが行われました。テーマは「キャッチ・ザ・ビジョン」です。神様が一人ひとりに見ている夢をキャッチして、そのことを現実にしていこうという実践的なものでした。
 50名を超える参加者の一人ひとりが輝いていました。地域のために、日本のために、一人でも多くの人に素晴らしい神の救いと、人生に対するご計画があるのだということを伝えたい!そんな熱い思いが感じられました。主とともに歩むことは、こんなにも喜びに満ちたものだということを、体いっぱい表現している若者たちを見て、日本はこれから素晴らしい福音の拡大の時代を迎えるだろうと思わずにはいられませんでした。
 私たちも、教派は違いましたが、聖書と信仰の強調点や、相違点など、一つも聞かれず、ただ神の家族として、ともに主を心から賛美し、一つになることができました。今回も、教会と人々が一致するためには、宣教の情熱が必要だということが改めてわかりました。

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2019-03-17
3月17日「最高の終活」

「ありがとう。何べん言っても言い足りぬ。病はありがとうの泉なりけり。」
 仕事帰りの父が病室を訪ねてきたのですが、椅子に座ってウトウトと船を漕いでいるのを見ながら、母の冨士子が末期がんの病床で作った詩です。
 退職直後、今までできなかったことや旅行をする事を話していた母が自分の病状を知った時、あれほど取り乱していた母が、徐々に平安のうちを歩むようになっていったのを見て、信仰による天の御国への確かな希望とは、人をこれほどまでに変えてしまうのかと驚いたものです。世を去る前の日、目を見開き、口を開けたままで、意識がなかった母が、ベッドサイドに集まった親戚の人々を前に急に起き上がり、「今まで出会ったすべての人に感謝します。」という言葉を発した時のことは今でも忘れません。最後の力を主にいただいたのでしょう。
 終活という言葉が当たり前のように叫ばれるようになり、QOLという患者の心の変化や生活の質を重視する考え方が当たり前になった今でさえ、それはこの地上の終りをどう迎えるかに集約されています。しかし、終わったあと、果たしてどこに行くのかという備えをしている人はいるでしょうか。
 主の十字架と復活が歴史的事実となった今、私たち主を信じる者たちには最高の終活がすでに与えられているということは、何という平安でしょうか。

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2019-03-03
3月3日「主を信じ、より頼む」

7年前の2月、あるカップルが婚約式を上げました。女性はすでに働いていましたが、男性は仕事もない学生でした。先行きは不透明でしたが、不思議なことに、この婚約に誰も反対する人はいませんでした。親をはじめとしたすべての人々は彼らを心から祝福し、その歩みの上に必ずや主なる神の恵みが降り注ぐであろうと信じていました。なぜなら、その出会いは神を通して与えられたと考えうるに十分すぎるものだったからです。
 婚約の後に結婚した彼らは、その歩みにおいて一つひとつの道が閉ざされ、思惑通りにならない、祈りが聞かれないという中を通され、決断を迫られるときが訪れました。そして選んだのは、全く新しい道でした。
 今、彼らは喜びに満ちています。子どもたちに囲まれ、人々の愛と祈りを感じ、互いに仕え、愛し合う共同体の中で歩んでいます。これは私のことです。
 今日、婚約されるお二人と境遇が似ています。だからこそ、主なる神に頼るお二人に同じ祝福がないと誰が言えるでしょうか。そうです。主はお二人をしっかりとふところに抱き、ご計画に従って最高の人生を用意しておられます。今はその片鱗しか見えていないかもしれません。やがて嵐の中を通されることもあるでしょう。しかし、主を信じるものの人生は、失望に終わることがないのです。

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2019-02-24
2月24日「神の言葉は、真実かつシンプル」

先週の金曜日で義塾での一年間の授業が終わりました。今年も一年間、祈られて無事に終えることができ、さらに関係を深めることができたことを感謝します。
 試験問題を作りながら、はじめて義塾に遣わされた年に作った教案を見直してみました。そこには、難しい神学的な内容がたくさんありました。自分ではシンプルに語っていたつもりでしたが、こんなに複雑な内容では理解できなかっただろうという申し訳なさでいっぱいになりました。
 教会の方々とともに御言葉を実践し、励まし合いながら前進することで、証がたくさんできるようになってきました。神の命令はシンプルであり、実践可能で、チャレンジする価値があり、聖書の神の言葉の真実さに出会うことができるということを宣言しています。今では同じ聖書の物語に対するアプローチもだいぶ変わりました。
 教室を出る時、「来年も先生が聖書の授業やってくれんの?」と声をかけてくれた生徒たちがいました。おそらく私は二年生を持つことになるだろうと告げると、残念そうにしていました。登場人物になりきって演じてきた牛山劇場が閉幕です。限りない妄想力で勢いに任せてきただけの授業に喜びをもって参加してくれたすべての生徒たち、そして私を用いてくださる主に感謝です。

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