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2019-06-16
6月16日「主の愛と恵み:宣教」

水曜日、深浦のめぐみこども園に招かれて、子育て真っ最中の親御さんたちと学びの時を持ちました。私が講師でしたが、同じ悩みを共有する仲間として、共に励まし合う時を持つことができました。
 何が一番大変ですか?子育てだけでなく、家族からも解放されたとしたら、どんなことをしたいですか?家族以外の方々で、あなたの助けになってくれる人はいますか?このような質問をしながら、一つひとつのご意見を拾い、様々な悩みとたくさんの笑いを共有しました。
 子育てをする母、働く女性、家事に追われる毎日。そのような役割がその人を決めるのではありません。まず、一人の人として、その方が神に愛されている大切な自分と出会うことができるように、主イエスの十字架の恵みについて分かち合いました。
 子どもは親を反映する鏡だと言われます。そうであるならば、まず親が自己肯定感を持たなければ、子どもが自己肯定感を高めることはできません。そして、私は子育ての専門家ではありません。「わたしには金や銀はないが、持っているものをあげよう。ナザレの人イエス・キリストの名によって立ち上がり、歩きなさい。」(使徒3:6)
 永遠に変わることのない主の愛を宣教できたことを感謝します。

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2019-06-09
6月9日「聖霊のバプテスマ」

青森コーチングは素晴らしい祝福の時となりました。特に、二日目の朝、青森バプテスト教会の角本先生が語られた証は、その場にいたすべての人の心を打ち、霊に満たされる体験がありました。
 今回もテーマは「イエス中心」でしたが、教会が組織中心、人間中心になった時、そこに主の居場所はなく、人々は傷つきました。北九州の教会が人間中心になった時、角本先生ご夫妻は精神を病み、聖書を読むことをやめ、教会に行くことをやめ、献身の思いを捨てて、みかん農家になりました。
 しかし、主は聖霊を降し、人々を燃え上がらせたペンテコステの日と同じように、角本先生ご夫妻を再び立ち上がらせ、故郷の青森で現在3つ目の教会を開拓するほどまでに用いておられます。
 いつの時代も教会は聖霊のバプテスマと共に歩んできました。燃え上がるようなリバイバルも、大覚醒運動も、すべてが主の約束である聖霊バプテスマによる体験的なものでした。
 今、日本の各地で聖霊によって導かれ、新たな教会共同体が誕生しています。私たちは、この時代に主が計画されていることを見る特権を頂いているのです。
 聖霊のバプテスマを受けたい!そう思わされる教会誕生の証でした。

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2019-05-26
5月26日「私たちも神を信じたい!」

いつものように、月一回の刑務所教誨師の働きで所内に入り、クラスの教室に向かいました。部屋に入ると、担当の職員が言いました。「先生、はじめる前に、この二人が話があるそうです。」私は思いました。「お〜こわ!何を言われるんだろう。もっとこうして欲しい?つまらない?一体なんだろう?」
 お一人の方が口を開きました。「先月、はじめて先生から神の話を聞いて、先生がどのように歩んできたかを知りました。クラスが終わったあと、すぐにでも信じたいと思い、同じ作業場のこいつ(横にいた方)に話したんです。そしたら、こいつも同じことを考えていたんです。」横の方が口を開きました。「先生が歩んできた道と俺達の歩んできた道がほとんど同じなんです。だから、私たちも神を信じたいんです。そして、やり直したいんです。」
 何と嬉しいことでしょうか。その場で主を賛美しました。そして、その決断を大きく喜び、励ましました。彼らの決断は、その心の願いを実現することになるでしょう。すなわち、神の愛を知り、信じてその助けを求め、「やり直す」ということです。
 刑務所に通い始めて7月で一年になります。多くの方々の祈りに支えられてここまで来れました。そして今、そのお一人おひとりの愛と救いを願う祈りが実を結ぼうとしています。

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2019-05-19
5月19日「若者による新しい教会が」

高校生のための集会を定期的に持つにあたり、ジェームス先生と祈ってきましたが、もう一人の仲間を主が与えてくださいました。福音を伝えるために、日本人になりたい、と願うアメリカ人です。ジェームス先生が青森のために人生をささげているのと同様に、このスティーブン先生も日本のために情熱を持っておられる方です。普段は聖愛中高の英語教師としてお働きですが、彼が来てから聖愛のYWCAは10人を超えているようです。来た当初は0人だったのに!
 このような素晴らしい方々を主がこの国、この地域に与えてくださっていることを感謝します。私たちは、この集会が単なる集会維持のための集会とならず、セルとなり、教会となっていくことを期待しています。この地域に若者による新しい教会ができる。それは本当に主のみ心だと信じています。
 かつて、この地に神を信じる若者たちが起こされ、彼らから学校が生み出されていったように、今、その学校から新しい教会ができるとしたら、何と素晴らしいことでしょうか。主が何をご計画し、導いてくださるのか、み声を聞きながら、共に歩んでまいりたいです。
 6月には、スティーブン先生が教会でメッセージをしてくださいます。今から楽しみです!

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2019-05-05
5月5日「目標」「ゴール

連休を利用して、父が弘前に来てくれました。浪岡で石川牧師夫妻や家族と食事を共にしながら、そして車の中でも、「目標」「ゴール」という言葉がたくさん出ていました。
 父は新入生を対象とした講義で、常にゴールを意識してきた人たちの人生にスポットライトを当てて、大学生活の中で、また人生の中で使命と目標とを見つけることができるようにと励ましているようです。そのために必要な例話をたくさん教えてくれました。
 私自身も、コーチング・ネットワークに関わり、人を育てる主の方法が「良い質問者」になることであることを学びました。助言をしたり、誘導したりするのではなく、その人の中にもともとあるものを引き出す方法です。主はすべての人に使命があり、大切な人であって、そのことを自ら気づくことができると信頼しておられました。もちろん、ご自身も十字架と復活という使命があり、明確なゴールが分かっている人は、「この世界のすべてを与えようという」悪魔の誘惑をも退けられました。
 先日、青森コーチングで「人生の終わりに何を見たいか」という質問を皆で分かち合いました。終わりから今を考える。これが本当の終活であり、それは葬儀のことなどではなく、若い頃からすでに始まっている人生設計なのだと気付かされました。

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2019-04-28
4月28日「この岩の上に教会を建てる」

今回、私たちの教会から、津軽地区の教会共同体のために、誠実で信仰深く、計算も苦手ではない会計の担い手、木田さんを主が備えてくださいました。
 先日、八甲田伝道所の今後のことを話し合うための特別委員会が現地でもたれましたが、そこに木田さんが参加されました。戻ってきて感想を伺うと、「素晴らしい場所で、希望がある!」と力強くおっしゃいました。このことからも、素晴らしい信仰をお持ちだということがわかります。私は八甲田の件を地区委員会で話し合う中で、ネガティブなことばかり思い描いてしまいましたが、その希望の言葉を伺って、我に返りました。
 あの時、ボロボロだった浪岡伝道所は、このままでは終わりだという直前まで話し合われていました。しかし、ただ信仰をもって、石川牧師夫妻と私たち弘前西教会の方々が手を上げて、お一人の礼拝出席者だったところが、今では新しい方も加えられながら、新会堂への移転、借入金の完済へと導かれたのです。
 「あそこなら絶対にいい釣り場もある!」ご自分の趣味と重ねながら、楽しそうに話す木田さんの信仰に励まされました。
 主は教会を閉じたいのではなく、「この岩の上に教会を建てる」のです。私はその約束の実現を見せていただく特等席にいることを忘れていました。

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2019-04-21
4月21日「主がつなげてくださる出会い」

先日、ジェームス先生ご家族が教会を訪問してくださいました。子どもたちが牧師館で私たちの家族と遊んでいる間に、私たち二人は5月に始まる高校生向けの集会を定期的なものにできるようにと、共に話し合い、祈りの時を持ちました。
 ジェームス先生は三沢から遠路、弘前でやりなさいというビジョンが与えられ、私は若い人たちと新しい教会を開拓する、というビジョンを与えられていました。その二人が出会い、今回のことがあるのです。  互いに話し合ってみると、昔からの友のようです。教会形成に関する理想は合致し、本来の教会のあり方に戻っていきたいという思いは本物でした。さらに、先生の主に対する情熱と、若者たちに対する愛が力強く私の心に迫ってきました。主がつなげてくださる出会いは本当に素晴らしいものです。
 金曜日、義塾に行くと一人の学生を紹介されました。その方は毎週教会に来ると言ってくれたのです。実は、その学生のお父さんは、かつて西教会に来ていた方だったのです。今後三年間、彼は西教会に来ることになるでしょう。これは、主が高校生へのビジョンをくださってから、最初の実りです。
 さあ、次は何が起こるのか。主は何をご計画されているのか、その景色を見せていただきたくて、ますます主の導きを求める日々です。

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2019-04-14
4月14日「主が準備されている良いもの」

新年度が始まりました。今年は日本も新しい元号になる年です。「令和」という元号に対して、様々な意見が寄せられていますが、祈祷会である方が言いました。「わたしが考えた新しい元号は『栄主』です!」
「それ採用!」と、みんなで大笑いしました。
 新しい一年も、私たちを愛し、共にいてくださる方の栄光が、それぞれの人生に現される一年となることでしょう。
 5月4日、東京のHiba(高校生伝道団体)からスタッフが8名ほどいらして、それを皮切りに定期的に集会が持たれます。それだけでも嬉しいことなのですが、「サポートしたい」と願い出てくれる青年たちが与えられています。また、参加者も加えられ始めています。次世代のリーダーたちへ、主がビジョンを与え、それぞれの人生をますます輝かせてくださると確信し、期待しています。
 また、シューミン・クォン牧師が再び来日し、御国の弟子訓練についての学びが東京で開かれます。そこに、手を上げて参加を希望されている宣教チームがいます。派遣される方々の学びが祝福されることは間違いないでしょう。
 現時点で分かっていることだけでも、挙げていけばキリがありません。さらに、主が準備されている良いものが、私たちを日々新しくしてくださるでしょう。

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2019-03-31
3月31日「神の家族としての一致」

先週の月曜日から水曜日まで、岩手山青少年交流センターで行われた東北スプリングキャンプに参加してきました。これはアッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団の東北教区が主催する次世代の若者たちのキャンプです。中学生以下のキッズと中学生以上のユースに別れて様々なイベントが行われました。テーマは「キャッチ・ザ・ビジョン」です。神様が一人ひとりに見ている夢をキャッチして、そのことを現実にしていこうという実践的なものでした。
 50名を超える参加者の一人ひとりが輝いていました。地域のために、日本のために、一人でも多くの人に素晴らしい神の救いと、人生に対するご計画があるのだということを伝えたい!そんな熱い思いが感じられました。主とともに歩むことは、こんなにも喜びに満ちたものだということを、体いっぱい表現している若者たちを見て、日本はこれから素晴らしい福音の拡大の時代を迎えるだろうと思わずにはいられませんでした。
 私たちも、教派は違いましたが、聖書と信仰の強調点や、相違点など、一つも聞かれず、ただ神の家族として、ともに主を心から賛美し、一つになることができました。今回も、教会と人々が一致するためには、宣教の情熱が必要だということが改めてわかりました。

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2019-03-17
3月17日「最高の終活」

「ありがとう。何べん言っても言い足りぬ。病はありがとうの泉なりけり。」
 仕事帰りの父が病室を訪ねてきたのですが、椅子に座ってウトウトと船を漕いでいるのを見ながら、母の冨士子が末期がんの病床で作った詩です。
 退職直後、今までできなかったことや旅行をする事を話していた母が自分の病状を知った時、あれほど取り乱していた母が、徐々に平安のうちを歩むようになっていったのを見て、信仰による天の御国への確かな希望とは、人をこれほどまでに変えてしまうのかと驚いたものです。世を去る前の日、目を見開き、口を開けたままで、意識がなかった母が、ベッドサイドに集まった親戚の人々を前に急に起き上がり、「今まで出会ったすべての人に感謝します。」という言葉を発した時のことは今でも忘れません。最後の力を主にいただいたのでしょう。
 終活という言葉が当たり前のように叫ばれるようになり、QOLという患者の心の変化や生活の質を重視する考え方が当たり前になった今でさえ、それはこの地上の終りをどう迎えるかに集約されています。しかし、終わったあと、果たしてどこに行くのかという備えをしている人はいるでしょうか。
 主の十字架と復活が歴史的事実となった今、私たち主を信じる者たちには最高の終活がすでに与えられているということは、何という平安でしょうか。

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2019-03-03
3月3日「主を信じ、より頼む」

7年前の2月、あるカップルが婚約式を上げました。女性はすでに働いていましたが、男性は仕事もない学生でした。先行きは不透明でしたが、不思議なことに、この婚約に誰も反対する人はいませんでした。親をはじめとしたすべての人々は彼らを心から祝福し、その歩みの上に必ずや主なる神の恵みが降り注ぐであろうと信じていました。なぜなら、その出会いは神を通して与えられたと考えうるに十分すぎるものだったからです。
 婚約の後に結婚した彼らは、その歩みにおいて一つひとつの道が閉ざされ、思惑通りにならない、祈りが聞かれないという中を通され、決断を迫られるときが訪れました。そして選んだのは、全く新しい道でした。
 今、彼らは喜びに満ちています。子どもたちに囲まれ、人々の愛と祈りを感じ、互いに仕え、愛し合う共同体の中で歩んでいます。これは私のことです。
 今日、婚約されるお二人と境遇が似ています。だからこそ、主なる神に頼るお二人に同じ祝福がないと誰が言えるでしょうか。そうです。主はお二人をしっかりとふところに抱き、ご計画に従って最高の人生を用意しておられます。今はその片鱗しか見えていないかもしれません。やがて嵐の中を通されることもあるでしょう。しかし、主を信じるものの人生は、失望に終わることがないのです。

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2019-02-24
2月24日「神の言葉は、真実かつシンプル」

先週の金曜日で義塾での一年間の授業が終わりました。今年も一年間、祈られて無事に終えることができ、さらに関係を深めることができたことを感謝します。
 試験問題を作りながら、はじめて義塾に遣わされた年に作った教案を見直してみました。そこには、難しい神学的な内容がたくさんありました。自分ではシンプルに語っていたつもりでしたが、こんなに複雑な内容では理解できなかっただろうという申し訳なさでいっぱいになりました。
 教会の方々とともに御言葉を実践し、励まし合いながら前進することで、証がたくさんできるようになってきました。神の命令はシンプルであり、実践可能で、チャレンジする価値があり、聖書の神の言葉の真実さに出会うことができるということを宣言しています。今では同じ聖書の物語に対するアプローチもだいぶ変わりました。
 教室を出る時、「来年も先生が聖書の授業やってくれんの?」と声をかけてくれた生徒たちがいました。おそらく私は二年生を持つことになるだろうと告げると、残念そうにしていました。登場人物になりきって演じてきた牛山劇場が閉幕です。限りない妄想力で勢いに任せてきただけの授業に喜びをもって参加してくれたすべての生徒たち、そして私を用いてくださる主に感謝です。

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2019-02-17
2月17日「主の復活にある、希望と慰め」

先週の木曜日、ご自宅での納棺式と出棺式、そして火葬場での火葬前式、拾骨式、教会での告別式と、一連の葬儀を執り行うことができました。今までは、石川牧師と共に葬儀に携わってまいりましたが、一人で行うのは初めてだったことに気が付きました。
 告別式のあと、お手伝いをしてくださったり、参列してくださった教会の方々の中で、何人かの方がおっしゃいました。「私のときも安心ね。」嬉しい半面、寂しい気持ちになりました。いつか別れが来るのは分かっていますが、それを考えると胸が締め付けられました。
 弘前に遣わされて6年が過ぎています。もっと長くいたような気がするのは、きっと中身の濃い、充実した日々だからだと思います。「牧師は会衆に育てられる」と教えられてきました。日曜日の礼拝が終わると、「今日のメッセージ良かったよ。」と言ってくださる方々がいます。毎回、「素敵なメッセージをありがとうございました。」と言って握手をしてくださる方がいます。自分では納得出来ないと思うときでさえ、そのような励ましがある中で、これまで育てられてきたことを感じています。
 これからも、深い交わりを持った方々の葬儀をあげる日が来ることでしょう。その度に、主の復活が確かな希望となり、大きな慰めになることは間違いありません。 

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2019-02-03
2月3日「神の愛と開放」

東奥義塾の聖書の授業は、出エジプト記のイスラエルの民のエジプト脱出を学んでいます。
 生徒たちと聖書の御言葉を紐解くと、見えなかったものに気付かされます。例えば、神がモーセに命じたことは難しかったか、簡単だったかということです。杖を投げること、手を上げること、民を去らせよ、と言うことです。どれもモーセには簡単なことです。でも、モーセはやりたくなかった。やりたくない理由がたくさんあったのです。しかし、それでもなお、「あなたとと共にいる」という御言葉に励まされて旅立ち、信仰が成長していく過程を共に見てきました。
 学びの中で「プリンス・オブ・エジプト」という映画を見ました。今では非常に有名な制作会社となったドリーム・ワークスのアニメ作品です。ホイットニー・ヒューストンとマライア・キャリーの歌う「When you believe」は主題歌として大ヒットしました。
 物語が佳境に入り、虐げられていた人々がエジプトを出ていく姿を背景に、「奇跡は起こる。信じるなら〜」と、主題歌が流れます。教室を見渡すと、ハンカチを手にし、涙を流して見入っている生徒もいました。
 神の愛と解放の物語は世代を超えて、すべての人の心に訴えかける普遍的なものだと感じました。生徒たちが人生の嵐の中で「出エジプト」を必要とするとき、流した涙を思い出してくれることを信じています。

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2019-01-27
1月27日「変わらぬ御言葉に聞く」

たくさんの方々の祈りが主に届き、父親の目の手術が成功しました。これまでは、「まるで片目で過ごしているようだ」と言っていましたが、そのことは大きな疲労となって日々積み重なっていたことでしょう。手術を担当した先生は自信に満ちていて、何度も同じような患者を見てきたのか、ものの30分ほどで処置が終了したとのこと。
 「手術がうまくいってもいかなくても、神様と約束したんだ。」と父が言いました。「もっともっと神様のために働こうと決めたんだよ。」
 これまでも多くの教会や信仰者を陰ながら支えてきた父ですが、これから新しいことをする、と仰る主のご計画に従おうというのです。かつて、エステルが王宮に嫁ぎ、王妃の位にまで達したのは、人々を救い出す日のためだったのではないかと、神の導きと摂理を説いたモルデカイ。父にとってのモルデカイは病だということができるかもしれません。人々を救い出すために、主が父に対してどのようなご計画をお持ちなのか、今からワクワクします。
 雪の合間に開けてきた澄みきった青空を見ながら、聖書に記された神の言葉はいつも変わらず真実だと思わされた今日このごろです。

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2019-01-20
1月20日「御言葉に聞く」

二年前には教会の七つの本質がライフスタイルとして私たちの人生に入ってきました。そして昨年は、否定的な感情を手放して癒やしを受ける方法が与えられました。また、身体的な癒やしといった人の想像を超える神の介入を見てきました。もちろん、それはすべてイエス・キリストの弟子になるという目的のために与えられている恵みであり、聖書の通りであることを確認してきました。
 この難しい時代にどう歩むべきか。世界中の人々が祈る中で、聖霊を通して多くの信仰者に同じような方向性が示されているように感じます。教会の本質、福音の本質、聖書の原則など、近代以降に聖書を科学的に解剖してきたことで、聖書の権威と信憑性に疑問を呈する時代を経て、今、ようやく科学が聖書の真理に近づいてきたのかもしれません。キャロライン・リーフという脳科学者の講演を聞いて、聖書で指摘されている事柄の本当の意味が徐々に明らかになっていくようでした。
 「隠されていることで、あらわにならないものはなく、秘められたもので、人に知られず、公にならないものはない。だから、どう聞くべきかに注意しなさい」という御言葉が示されました。神の御言葉をどう聞くか。それは「御言葉を聞く」のではなく「御言葉に聞く」中で明らかにされていくものかもしれません。

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2018-12-30
12月30日「二度目の救い」

今年も素晴らしいクリスマスをお祝いすることができました。特に、一人ひとりが誰かに言われたからではなく、自ら手を上げて神を讃える姿は、天国のように美しいものでした。
 はじめて西教会を訪れた日、祈祷礼拝に参加しました。教会に入り、人々が祈る姿と献身の姿勢を見て、この教会は本物だという確信が与えられました。聖霊の臨在を感じたその場所で、主はさらに恵みを降り注ぎ、教会と福音の本質が入ってきてから、私たちは変化しつつつあります。特に、牧師である私自身の変化が一番大きかったのは言うまでもありません。
 「ただ宗教儀礼を行うように、と主は私を召したのだろうか?」そんな思いを抱え、疲弊していた時期がありました。祈ることも、聖書を読むことも、苦行のようでした。それを人々に悟られないように隠すことは、御言葉が示す理想的な教会形成と人間の姿からかけ離れていたのです。しかし、主はそんな私を救い出してくださいました。キリストのご降誕を祝う礼拝の中、眼前で輝く人たちの姿を見ながら、主がしてくださったことの大きさを感じていました。
 「〜だったら、これをすべき」から解放された平安の中で、私に二度目の救いが来たような喜びが満ちています。

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2018-12-23
12月23日「どんな時、どんな事にも感謝」

「この一週間、感謝だったことは?」
 この分かち合いを祈祷会で、そして刑務所でもはじめています。それぞれ、感謝を探しながら生活することは「どんなことにも感謝しなさい」という聖書の言葉を実践する上で大切なことです。そして、探せば探すほど、身の回りには感謝が溢れていることに気付かされています。時間が足りないほどです。
 シンガーの三上勝久さんは、「人生いろいろある。チクショー感謝、チクショー感謝だよね!」と試練の中でも感謝することで守られてきた魂の領域があることを伝えてくれました。彼は末期がんを患う中で、キラキラと煌くような曲を生み出し続け、人々を励ましています。
 なぜ、あの人たちはいつも笑っているのだろうか?苦しみや悲しみがないとでも言うのだろうか?まだ救い主を知らなかった私が教会の方々に見た信仰者の姿は、まさにそれでした。どうしてなのか、今は分かる気がします。
 救い主を心にお迎えしてから、12回目のクリスマス。素晴らしい妻とかわいい子どもたちを見ながら、主が与えてくださった喜びを感謝し、数えています

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2018-12-16
12月16日「あなたも世界を変えることができるのです。」

月に一度の刑務所教誨で、受刑者の方々と共にクリスマスについて学びました。クリスマスといえば何を連想するか、と問いかけると、一人の方が「キリストの誕生日じゃなかったっけ?」と自信無げに答えてくれました。
 クリスマスの物語を知らない方々です。神はなぜ御子を与えてくださったのか、なぜその方は貧しい夫婦を親として、飼い葉桶に生まれなければならなかったのか。そして、どんな生涯を歩んでいったのか。「ひとりのみどりごがわたしたちに与えられた」というイザヤの預言から、ごく普通の人が、世界を変革していく物語を分かち合い、「あなたも世界を変えることができるのです。」というメッセージを贈らせていただきました。
 いつから、どんな理由があって、今刑務所にいるのでしょうか。もしかしたら、多くの人たちは受刑者の方々の過去を知りたがるかもしれません。しかし、私たちの主、イエス・キリストは人の過去よりも、未来を信頼しているということ。そして、世界を変えていくために必要な助けを今、与えてくださることを学びました。
 一人の方が言いました。「何かできそうな気持ちになってきた。」主が心の飼い葉桶に生まれてくださった瞬間でした。

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2018-12-02
12月2日「本質・関係」

金曜日は義塾の試験監督でした。廊下を歩いていると、受け持っているクラスの担任の先生が走り寄ってきました。留学していた生徒が帰国してくるので、成績のつけ方について教えてくださるためでした。
 私はそのクラスに行くのが本当に楽しいのです。今では、私が教室に入るだけで、みんなが笑ってくれます。さながら、ミスター・ビーンのようです。彼や愛車のミニクーパーが画面に映ると、それだけで視聴者は大笑いです。なぜなら、彼が出てくることは、何かが起こること。そして、何かが起これば楽しいのです!もし、私がそのように思っていただけているとすれば、私のことをよくわかってくださっている証拠です。冗談が大好きだということを。
 「私が入ると、生徒たちが笑ってくれるんですよ。」と担任の先生にお伝えすると、「生徒たちを叱っておきますね。」と言われました。この先生は、まだ私のことをあまり理解していないようです。ですから、「いえ、とても喜んでいたので感謝したいのです。ぜひ褒めてあげてください。」とお伝えすると、びっくりしたような顔をされましたが、少し意図を汲んでくださったようです。
 生徒たちとは関係ができてきていますが、肝心の先生方との関係がまだまだだな、と思わされた一コマでした。

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